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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛で茶を沸かす

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55/90

碧螺春の、新茶

 青国後宮のとある昼下がり。

 黒瑛は采夏に誘われて、後宮の東屋に腰を下ろしていた。

 風が気持ち良いからと、采夏が茶会を開くと言ったのだ。

 卓をともにしているのは、黒瑛の他に、新しく入った妃、呂燕春がいた。

 皇帝と皇后の間に割って入るような形になった燕春は少々恐縮した様子だったが、次第に慣れてきたようで楽しそうに後宮での生活を語ってくれる。

 最初、簡単に挨拶だけした時は、これと言って目を引くところのない少し陰気な性格の女性と思っていたが、根は明るかったらしい。


「それにしても最初はどうなることかと思ったが、皇后と妃で仲良くやっているようで、良かった」

 黒瑛は、その鋭利な美貌を和げてホッとしたようにそう言った。

 後宮では、女達が血を血で洗うような足の引っ張り合いをすることもままにある。

 しかし、采夏も燕春も皇帝の寵を競い合うようなことはなさそうで、二人楽しく後宮で穏やかに過ごしているようだ。

 今は、国政の立て直しで手一杯な黒瑛にとって、後宮の状況が落ち着いているのはありがたい。

 とは言え、采夏があまりにも普段通りすぎて、嫉妬のひとつも見せてくれないことに少々残念に思う気持ちもあるのだが。

 それはそれでないものねだりというものだろうと、黒瑛自身もわかっている。


「本当に皇后さまには良くしてもらってます。私も大好きな物語の世界に浸れて本当に幸せです」

「物語の世界……?」

「はい……! こうやって生で書の世界を堪能できるひと時のなんと贅沢なことでしょう!」

 キラキラした目で采夏と黒瑛を見やる燕春に黒瑛は首を微かに傾げる。

 燕春の言っている意味を測り損ねていた。しかし黒瑛の隣に座る采夏は目を輝かせる。


「わかります! わかりますよ! その気持ち! 茶とは世界、茶とは物語。そういうことですね? ええ、ええ! その通りです! その通りですとも!」

 そう言って采夏は燕春の手をとった。

 燕春は、大好きな書物のもとネタである皇后と皇帝を生で見れることを贅沢だと言ったつもりなのだが、采夏はお茶の話のことだと勘違いしているらしい。

 しかし、燕春は訂正する気も起きなかった。

 なにせ、憧れの皇后が自分の手をとって、潤んだ瞳で見ているのだから。

 おもわず燕春は頬を上気させた。


「皇后様……」

 ほわんと、うっとりするような声で皇后の名を呼ぶ。

 二人の世界に入ってしまったかのような采夏と燕春を側で黒瑛がなんとも言えない気持ちで見つめていた。

(仲良くしてくれるのは嬉しい、嬉しいのだが……仲良くしすぎは良くないような気がする)

 主に黒瑛の心の平穏的な意味で。


「俺の存在を忘れるなよ……」

 二人の世界に入ってしまったような雰囲気に、黒瑛はどこか悲しそうにそう呟いた。しかし、二人の耳には入らなかったようで手を繋ぎ合って見つめ合っていた。


「燕春妃様、お届けものがございます」

 皇后と手を取り合う燕春のそばに彼女の侍女の一人がやってきてそう声をかけた。

 燕春は、話しかけられて一瞬、不満そうな顔色を見せたが、宮女の手に抱えられている木箱に視線を移すとさっと笑顔を浮かべる。


「とうとうきたのですね!! 良かった! 叔父様ったら、本当に遅いのですから!」

 嬉しそうにそういうと、早速その木箱を受け取り、采夏に笑顔を向ける。


「皇后様、皇后様、以前、皇后様が碧螺春の新茶が飲みたいとおっしゃっていたので、碧螺春の産地、道湖省をまとめております叔父に持ってこさせたのです!」

 燕春がはにかんだような顔でそういうと、皇后采夏は目を見開いた。


「え、えっ? 今年の、碧螺春の、新茶の……?」

 途切れ途切れと言った感じでどうにか皇后の口から確認の言葉が漏れると、燕春は大きく頷いた。

「はい!」

「で、でも、虫害で、今年は摘めなかったと……」

「ですが、無事な茶葉もあったはずです。ですから、叔父に文を出して持ってきてほしいとお願いしました」

「まあ、そんな……! え、どうしましょう、本当に、碧螺春の新茶が!?」

 口元に手を抑え、目にうっすら涙を溜めるほどに喜ぶ皇后を見て、燕春も黒瑛も嬉しそうに口を綻ばす。

 が、黒瑛は遅れて顔を少し顰めた。


「しかし、虫害を理由に、今年の碧螺春を一欠片もこちらに送ってこなかったというのに、姪に言われたからと言って容易く用意するとは……」

 黒瑛とて、采夏のために碧螺春を少しでも都に送るよう度々知らせは出していた。

 だが、ないものはないですとばかりに突っぱねられていたのだ。

 それが姪の一言でこうも容易く送付されるとは。

 自分が采夏を喜ばせたかったのにと、少々悔しい思いがする。


「私が叔父うえに送った文には私の思いのたけを綴りましたので、きっと私の気持ちをわかってくれたのです!」

「ほう、それほどの思いでか。どんなことを書いたのだ?」

「碧螺春の新茶を贈らないならば、国軍の兵士という兵士を連れて茶畑に摘みに行き、根こそぎ残った茶の葉を摘みたぐりたい気持ちだとお伝えしました」

「そ、それは……」

 黒瑛は引くりと思わず笑顔がひきつる。

 それはほとんどただの脅しなのではないだろうか。

 采夏も采夏で少々突拍子もないが、この娘もなかなかに変だな、などと黒瑛が思っていると采夏が不満そうな顔をしていた。

 さすがの采夏も、燕春の発言を咎めねばと思ったか、と意外そうに黒瑛はみやる。


「燕春妃、茶の葉を兵士の皆さんで摘み尽くすなんて、それはなりません。来年の実りのことも考えねば。それに、無骨な兵士方に茶摘みは難しいかもしれません。茶摘みは一芯二葉、もしくは一芯三葉。柔らかい茶の木の先端部分だけを丁寧に摘むのは、無骨な兵士の指では、難しいでしょう。無駄に茶木を傷つけることになるかもしれません。茶を積ませるのなら、後宮の宮女達がよろしいかと。彼女達はすでに一人前の茶摘みです」

 采夏はこんこんんと茶摘みのことについて語った。燕春はそれを聞いて、勉強になりますとばかりに深く頷いている。


(違う。指摘して欲しいのはそこではない。あといつの間にか後宮の宮女が一人前の茶摘みになっている……!)


 黒瑛の後宮のはずが、もうほとんど采夏のための茶畑となっている現状に思わず首を振る。

 少し頭痛がした。


「そうですね、皇后さま。私としたことが、思いの猛るまま文に書き連ねてしまって……。反省いたします」

「ええ、分かりますよ。私も茶のことになると、私もたまに周りが見えなくなることもございますから」

 それはたまにではない気がするが。

 黒瑛はそう思ったが賢明にも口に出さなかった。

 そして一通り燕春に茶摘みのことについて語り尽くした後、采夏は上機嫌で両手を打った


「では早速、今年の碧螺春をいただきませんか!? 楽しみです!」

 そう言って采夏はそわそわとその箱を開けて、中の茶葉を見てうっとりと顔を綻ばせた。


「確かに、この茶葉の形は、碧螺春ですね……!」

 そう言って、目を閉じて深呼吸する。茶葉から香るものを楽しむように。

 そして、先ほどまで興奮していたかのような采夏の動きが、止まった。

 不思議そうに茶葉を見つめる。


「あの、こちらは、本当に、碧螺春、ですか……?」

 ポツリと呟かれた言葉に、燕春は首を傾げながらも頷いた。


「はい、そのはずです。木箱にはきちんと碧螺春と銘打っておりますし……。何か気になることでもありましたか?」

「……そう、ですね。あの……いえ、とりあえずいただきましょう。飲めばもう少しこの違和感についてわかるかもしれません」

 采夏はそう小さくつぶやいてから、訝しげに木箱から茶葉を摘んだ。


 そうして、いつも通り采夏が茶を淹れる。

 本来なら侍女である玉芳の仕事ではあるが、お茶を淹れるのも采夏の趣味の一つ。

 それを邪魔すると、怒られるのは玉芳なので、いつも茶を淹れるのは主人たる采夏が行なっていた。

 采夏はテキパキと手慣れた動きで茶を淹れると、少々浮かない顔をしながら皇帝と燕春に茶を出した。

 先ほどまでと打って変わって、沈んだ様子の采夏に戸惑いながら、黒瑛と燕春は蓋碗を手にする。

 采夏は二人に心配されていることに気づかず、真剣な顔で蓋碗の蓋を取って茶の色を確かめていた。


「確かに、色も碧螺春のもの。茶葉の形も摘み方も……。でも……」

 ボソボソと采夏はそう言うと、ゆっくりと一口茶を口に含んだ。

 それに倣うように皇帝と燕春も続く。

 黒瑛が一口その茶を飲んだ時、純粋に美味しいと思った。

 采夏ほど味の違いを理解しているわけではないが、渋みや苦味などは例年の碧螺春と同じもの、のような気がする。

 だが、何か。何かが足りない気もする。


「やっぱり……」

 どこかがっかりしたような、不安そうな采夏の声に黒瑛は顔を上げた。

 かつてないほどに真剣な顔で采夏が碗に入った茶を見ている。

 そして懇願するように、黒瑛を見上げた。


「陛下もお分かりになりましたか?」

「いや、正直なところ分かってない。何か物足りないような気がするが……」

 黒瑛がそういうと燕春も小さく頷いた。


「確かに、微かにちょっと違うような……不作の影響でしょうか? 同じ銘柄でも味わいはその年によって異なると聞きますし」

 黒瑛はその話を聞いてなるほどと頷きかけたが、采夏は「いいえ! これは、この味の変化はあり得ません! だって、これは明らかに碧螺春特有の果実風味がない!」と言った。

「果実風味……?」

「はい、碧螺春を生産している三道省の茶畑は、果樹園でもあるのです。果樹の下に茶木を植えている。だからこそ茶に独特な果実のような甘酸っぱい風味が香るのです」

 そう言って、采夏はまだ湯に浸してない碧螺春の茶葉を指でつまんで見つめた。


「この茶葉の形、炒り方は間違いなく碧螺春の茶葉。基本的な味も茶の色も、碧螺春です。ですが、果実風味だけがない……」

「茶木の周りに生えていると言う果樹も虫害にあって不作だったのだろうか」

 黒瑛の推測に采夏は首を振った。

「実が不作だとしても、果樹の葉っぱや幹、枝などからも果実独特の甘い香を発してます。そして茶の木はそれらのわずかな香も素直に吸収してくれるのです。しかし、この碧螺春には、わずかな果実風味さえ感じられない。果実が不作と言う理由だけでは説明がつきません」

「では、碧螺春の茶畑周辺の果樹が全て跡形もなくなった、ということか?」

「……何があったのか詳しいことはわかりません。ですが、碧螺春の産地、道湖省で異変があったのは間違いないかと」

 お茶を前にした采夏にしては珍しく、ひどく沈んだ声でそう言った。

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