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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛より茶が欲しい

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采夏は生まれについて考える


 秦漱石を捕らえる十数日前、黒瑛は北州にいた。

 異民族の襲撃があったという報を受けて北州に留まった、というのは表向きの理由。

 本当は、宮中を占拠するために必要な軍を整えていた。

 異民族の襲撃も嘘である。


 そして、架空の異民族との戦いに勝利し、その捕虜ということで大勢を連れて都に帰還した。

 だが、異民族の襲撃は嘘であるので捕虜などいるはずもなく、捕虜として連れてきた者達は全て北州と西州の武官の者達である。

 そうして上手く都に手勢を引き連れた黒瑛達は、そのまま朝廷を制圧した。


 突然の出来事に秦漱石も逃げることもできず捕まり、秦漱石と懇意にしていた士族にも軍を派遣し動きを押さえた。


 そうして秦漱石の十年に及ぶ専横政治は、あっけなく幕が降りたのだった。



「それにしても皇帝陛下、なかなかやるわね。美男だし」

 この度の政権変動のことのあらましを聞いた玉芳が感心するようにそう言った。


「そうですねぇ」

 と采夏が茶を飲みながら気のない返事を返す。

 それを玉芳はねめつけた。


「それにしても、貴方、貞花妃、あ、もう花妃じゃないか、貞のこと庇ったって正気?」

「庇ったというわけではありませんが……」

 と遠慮がちに采夏は答える。


 采夏は、此度の政権変動で貢献したことの褒美として、何か欲しいものがあるかと改めて問われた。

 それを采夏は、間髪入れずに「貞様とお茶を飲みたい」と伝えた。

 本来、貞は即刻処刑の運命だったのだが、采夏のその言葉で処刑が先延ばしにされていた。


「本当にただお茶を飲んでみたいと思っただけです。以前、一度貞様にお茶をいただいたのに、飲めずにいたこともありましたし」

 その采夏の言葉に玉芳は首をひねる。


「そんなことあったっけ……? あ! もしかして、あの池の水飲まされた時の話!? あれお茶じゃなくて池でしょ!? ただの嫌がらせじゃん!」


「あの時、池から微かに采夏岩茶の香りがしたのです。今思えば貞様は、采夏岩茶の可能性を示していたのかもしれません」

「それ絶対違うからね!?」


「それに、貞様は、いつも何かに焦っておいでで……。ああいう方にこそ、おいしいお茶を飲んでもらいたかった。私がちゃんとお茶を淹れるべきだったんです」

 思い詰めたように采夏はそう言った。


「正直何言ってるか分からないけど、でも、何故だか采夏妃らしいっていうか……まあ、やりたいならやればいいと思うわ。貞も貞で、同情する気持ちがないわけでもないしね。……まさか、貧民街から秦漱石に拾われて来てたなんてね」

 玉芳はそう言って遠くを見た。


 貞が後宮からいなくなった後、後宮内でまことしやかに貞の生い立ちについて噂が立った。


 貧民街から連れて来られた、元はただのこそ泥だという話だ。

 もともと秦漱石自身も、盗みを犯した罪で宦官に堕ちている。

 その親類となれば同じような環境に置かれていても不思議ではない。秦漱石は、宦官になってから成り上がり、裕福に暮らしはしていたが、その恵みを親類に分け与えることはなかったのだ。

 貞は、泥水を啜り、残飯を漁り、盗みに失敗しては殴られる、と言うような生活をしていたらしい。

 そしてとうとう盗みの罪で捕まった貞を秦漱石は使えるかもしれないというほとんど気まぐれで助けて、後宮に放り込んだ。


 綺麗な着物に包まれ、高価な装飾品を身に着け、高級食材を使った食べ物を出された。

 ちやほやと構ってくる宮女達が貞の元にやってきて、何も知らない若い娘がそれで勘違いしないとどうして言えるだろうか。

 貞は自分は特別で何をしても許される存在なのだと、思い込んだ。

 そして今までの惨めな自分は自分じゃないと、捨てようとして……捨てられず。


 妙な焦りを抱えながら、後宮と言う特殊な世界で生きることを余儀なくされた。


「貞が怒り狂ってた時、言葉がさ、荒くなったじゃない? あれが多分素なんだろうね。それに、貞は采夏のことをそれはもう嫌ってたけど、多分、生まれのことで嫉妬してたんだと思う……」

「嫉妬、ですか?」

「うん。采夏ってさ、品がいいんだよね。どことなくだけど。まあ、話してるとただの茶狂いだってわかるから、今はもうあんまり気にならないんだけど。少し離れたところで見る分には、どこか違うなってわかるよ。ここにいる妃は私みたいに育ちが良くないのばかりだから、綺麗な衣を着てても着させられてるって感じがするけど、采夏はそうじゃない。ちゃんと華やかな衣が似合ってる。動きの一つ一つが丁寧でさ。大切に育てられた娘なんだなってすぐにわかる。まあ、それが南州の姫様だとはさすがに気づかなかったけどね」


 玉芳は笑ってそう言った。

 采夏はその話を静かに聞いていた。


 玉芳の言う通り、采夏は恵まれた生まれと言えるだろう。

 でも、采夏は采夏なりに、その生まれで悩んだこともある。

 本当は、ただの茶師として生きたいが、南州の長の娘として生まれた以上、それは叶わない。身分のある男と結婚し、その家に一生を捧げねばならないのだ。


 だが、この恵まれた生まれだからこそ、お茶を知ることができた。

 贅沢品であるお茶を堪能できたのは、恵まれた生まれのおかげなのだから。


「……世の中って、どうも、ままならないものですね」

 そう寂しく一人ごちた。




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