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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛より茶が欲しい

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27/90

皇太后はお茶を飲む 後編


「……本当に、あの子は、私のことを嫌っていないと、そう思っても、いいの、かしら?」

 永は絞り出すようにして小さくそう呟いていた。

 喉の奥が湿ってきて、上手く言葉が出ない。


 柔らかな小さな手を、永はまだ覚えている。

 士瑛と黒瑛は、永の何にも代えがたい宝物だった。


 乳と陽だまりの匂いのする彼らを守りたかった。

 守れると思っていた。

 けれど身分も富もない平民の永が産んだ子は、本来なら帝位とは無縁のはずだったのに、皇太后という地位に就く者の力が弱い方が都合のよい秦漱石によって、士瑛は皇帝に就くことになってしまった。


 そして、士瑛は死んだ。

 守れなかった。

 生まれた時に、何に代えても守ると誓ったのに。

 あの胸が張り裂けるような思いはもうしたくない。


 だから黒瑛だけは守りたくて、

 失いたくなくて、自ら進んで足枷になった。


 だから、今度、黒瑛が陸翔と会うと聞いた時も良い顔はしなかった。

 可能なら、それもどうにかして止めたかった。


 でも本当はずっと、辛かった。

 この世界でもっとも愛しい者に嫌われている。

 もっとも愛しい者の自由を自分が奪っている。

 それが、辛くて……。

 そして足枷になる他、守ってやるすべを知らない弱い自分が悲しかった。


「詳しいお二人のご事情は分かりませんが、陛下は皇太后さまの優しさに気付かれていますよ。そしてその優しさを嫌ってはおりません。だって、茉莉花茶を飲む陛下のお顔は本当に安らいでいらっしゃいましたから」


 采夏の言葉にもう涙を止めることはできなかった。

 何か堰を切ったかのように気持が溢れる。


 茉莉花の香りを嗅ぐと、永が家族を思い出すように、

 黒瑛も母を思い出すのかもしれない、そう思っただけで救われた。


 そして、同時に理解した。


 黒瑛は、大人になったのだ。

 なにがなんでも守らなくてはいけない小さなあの子はもういない。

 それが身に染みて分かった。

 親の浅はかな押し付けをいとわずに、それも優しさであると受け止めておけるだけの余裕があるのだから。


(そうよね。あの子はもう子供ではない。自分が、子の命を何よりも大事に思うのと同じように、黒瑛には黒瑛の大事なものがある。そしてそれを自らの力で守ろうとしている。私が、黒瑛を守ろうとするのと同じように)


 嫌われていなかったことの安堵と、ずっと子供だと思っていた息子の成長に何とも言えない喪失感。

 しばらく、しずしずと涙を流していた永は袖で涙を拭いて采夏を見た。


「ごめんなさいね。こんなに、泣いてしまって……」

「いいえ。その、私も、たまにおいしいお茶を飲むと、おいしすぎて泣けてくることがあるので、気持ちはわかります」

「ふふ、お茶のおいしさに泣いたわけではないのだけど……でも、そうね、お茶のおかげで気付けたという意味では、そうなのかもしれないわね」

 そう言って永が微かに笑った後、すぐにまじめな顔をして采夏をまっすぐ見た。


「采夏妃、折り入ってお願いがあるのです」

「お願い、ですか?」

「後日外出する陛下と一緒にあなたもついていって欲しいのです」

「え……!?」

「確かに陛下は強い方です。身も心も、母である私よりずっと強く成長された。しかし、元々の激しい気性がそう簡単になくなるわけではありません。あの子は、信念のためなら自分の命を軽く見るところがあります。道中、思わぬことがあった時に無茶をする陛下をお諫めし、支えてくれる者が必要です」

「それを、私がですか……? しかし、私は後宮からは出られないのですし……」


「あなたを後宮の外に出せるよう私の方で手配をします。そして貴女がいない間のことは私が上手くとりなします、それぐらいの力はありますよ」

 采夏は戸惑うように眉根を寄せた。

「私に、そのようなこと……何をすればいいのかさえ分かりませんし……」

 小さくそう言うと、永は首を横に振った。


「私は采夏妃に特別何かをして欲しいわけではありません。貴方はただ側にいて、気が張り詰めすぎたあの子に、お茶を淹れて欲しい」

「お茶を? それならできますが……」

「それにこれは貴女の身の安全のためでもあります。采夏妃は現在、貞花妃に狙われています。私の屋敷で匿うことはできますが、あの執念深い貞花妃のことです。どうにかして貴女を害そうとするでしょう」

「貞花妃様が……。玉芳妃は、どうなります?」

「玉芳妃のことは私にお任せなさい。今回の事件で体を壊したということにして、玉芳は私が心陵殿で預かります。貞の恨みを買っているのは、采夏妃。玉芳についてはそれほど貞もこだわらないでしょう。ならば彼女の身はこの私が必ず守ると約束します」


 真摯な目で永は采夏に訴えかける。

 采夏の瞳は、その目を見ながら戸惑いに揺れていた。



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