采夏は黒瑛の言葉を振り返る
黒瑛は、今日も采夏との食事が終わると早々に自分の宮へと戻っていった。
本来なら、朝まで一緒にいるのが通例だが、采夏の後宮入りが本意ではないことを知っての黒瑛の心遣いだ。
黒瑛が去るのを見送った采夏は、部屋で一人、一抱えほどある蓋つきの籠を抱きしめていた。
中には、采夏岩茶の殺青前の茶葉が入っている。
香岩茶を最後に、もうやめにすると思いながらも未練がましく、生の茶葉も後宮に持ち込んでいた。
市場で集めた有名な茶葉よりも、お茶としては飲めない生の茶葉を優先したのだ。
(茶師を続けてもいいなんて、考えたこともなかった)
今日黒瑛に言われたことが、ずっと頭の中をぐるぐると回っている。
茶はお金のかかる趣味だ。
しかもお茶好きすぎて、地元では茶狂いの異名もつけられたほどで、結婚相手を見つけるのも大変だと、母親は特に嘆いていた……。
でも、両親は力づくで采夏と茶を切り離そうとはしなかった。
なんだかんだと、自由にさせてくれていた。
そのことに采夏は感謝していた。
だからこそ、きちんと約束を守ろうと思っていたのだ。
今年の皇帝献上茶の選定会を最後に、見合いをして結婚すると。
(それがまさか、後宮に入ることになるとも思わなかったけれど……)
両親には、まだ今の状況を連絡できないでいる。
花妃、鳥妃、風妃、月妃の四大妃にもなれば話は別だが、基本的に下級の妃は外と連絡は取れない。
皇帝献上茶の選定会に行ってから帰ってこなくなった娘のことを親はどう思っているだろうか。
もう見放されたのかもしれない。
それでも、けじめとして約束は守ろうと、茶師の道は諦めるつもりだった。
それにゆっくり茶を飲める今の生活に満足していた。
いえ、満足していると思い込もうとしていただけかもしれない。
なにせ、黒瑛に茶師になってもいいと言われた時から、どうしようもなく欲が出てくる。
それになにより、采夏が気になるのは……。
(まだ采夏岩茶は完成してない……)
そう思って、采夏は胸に茶の葉の入った籠をぎゅっと抱きしめる。
微かに茶の香りがするが、茶を摘んでからそれなりに時間が経過している生の葉だ。
今はもう使いものにはならない。
そうとは分かっているのにこうやって手放さないでいるのは、諦めきれていないからだろう。
「……決めたわ」
采夏は静かに、決意を固めていた。
一旦また区切り!
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