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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛より茶が欲しい

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16/90

采夏は豚を贈られる


 何か、変な臭いがする。

 そう思って目覚めた采夏が、顔を床に向けると血の涙を流すつぶらな瞳と目があった。

 これは……。


「豚の頭……」


 異臭の元はどうやらこれらしい。

 左側に傾いだ状態の豚の頭部が、床に倒れている。

 床に血が広がっていて、げんなりした気持ちで右側の丸窓を見た。

 仕切りとして貼られていた薄い紙が破れ、枠に赤い血がついている。

 おそらくあの窓から投げ入れられたのだろう。


「入るわよ、采夏」

 蹴破るようにして扉を開け、両手に食事の御前をひとつずつ持った玉芳が入ってきた。

 豚の臭気が少し和らぐ。


「玉芳は、足で扉を開けるなんて、器用ですね」

「変なところで感心しないでよ。はい、きょうの朝餉って、なにこれ!? 豚!?」

「目が覚めたら、床に落ちてて……」

「は~あ、あいつの仕業ね? 本当にやることなすこと陰険っていうか……とりあえずこれの片づけはまたあとで、この部屋臭いから別の部屋で食事しましょ」

 玉芳はそう言うと、食事を載せた膳を一つ采夏に渡してから、部屋から出ていく。

 采夏も、豚の頭に触れないようにして後を追った。


 現在、采夏が住んでいる鳥陵殿チョウリョウデンには部屋がいくつもある。

 どれも宝の持ち腐れとばかりで采夏はあまり活用しておらず、どの部屋がどんな状況なのかも把握してないが、

 ここに頻繁に来てくれる玉芳の方が詳しいぐらいだった。


 玉芳は日差しの入る南側の部屋で食事すると決めたようで、そこでいったん腰を落ち着けた


「お茶が、おいしい」

 早速朝のお茶を飲んで、ほうと満足げなため息をついて采夏は言った。

 そんな暢気な采夏を見て玉芳が、呆れた顔をする。


「確かにおいしいけど、そんなに暢気にしてる場合じゃないんじゃない? 血だらけの豚の頭なんて、マジで悪趣味。なんか嫌がらせがどんどん陰険になってきてるじゃん」


 実は、このように何か嫌がらせをされるのは初めてではない。

 鳥陵殿チョウリョウデンの門や玄関の前ぐらいに、やはり異臭のする何かを置かれたことがある。

 とはいえ部屋の中にまで何かを入れられたのは初めてだったが。


「そうですねぇ。困りました」

「あんまり困ってるようには見えないけど。貴女ってほんど、いい度胸してると言うかなんと言うか……」

 そう言いながら玉芳もお茶を飲み、そして朝餉に箸をつける。

 今日の朝餉は、芋の入った薄い粥に葉野菜の炒めたものだ。


「采夏は、鳥陵殿の主なんだから、本当は、もっと豪華な朝餉のはずなんだけど……これぐらいしか持ってこれなかった。貞花妃の圧力ね。むしろ、もらえるだけありがたいってところかしら。司食殿の宮女の人達が、なんとか確保してくれてるみたいで……というか、アンタって、妙にあそこの宮女と仲いいわよね」

「お茶を貰いに結構頻繁に通っていたので」

 そう言って、采夏はお茶をずずっとすする。


 正式には任命されていないが、鳥陵殿を与えられたということは、皇后の最高位である花妃カヒに次ぐ鳥妃チョウヒを賜ったも当然だった。

 本来鳥妃ともなれば、それは豪華なご飯になるはずが、花妃の圧力で十分な食事の配給をされないでいた。

 そのため采夏のために司食殿の宮女達がどうにかして確保した下級の妃の朝餉を玉芳が貰ってきてくれている。


「玉芳、いつもありがとう」

 采夏はふと思い至ってそう言った。

 食事のこともそうだが、采夏には本来ならいるはずの侍女もいない。

 貞花妃からの圧力というのもあるが、今回の豚の頭のような度重なる嫌がらせに、侍女達は総じて皆逃げ出してしまったのだ。

 玉芳がいなければ、色々と大変なことになっていた。

 

「あ、貴女には前、助けてもらったし、あなたがくれたお茶のおかげで体の調子もいいし? 今日も別に、一緒にお茶を飲みたいから来ただけだし……べ、別に全部が全部あなたのためなんかじゃないんだからね!」

 少し気恥ずかしそうに玉芳は、早口でまくしたてる。

 なかなか素直になれない性分のようだ。


「それでも、ありがとう」

「いいから食べるわよ! あの豚の頭も片さないといけないんだから!」

 玉芳にそう言われて、采夏は頷いて食事の続きをすることにした。


 食事が終わると、寝室の掃除に取り掛かる。

 食事の席で言っていたようにあの豚の頭を片付けなくてはならない。

 まずは豚の頭を外に出し、固く絞った湿った布で床を丁寧に拭く。

 茶殻が匂い消しに良いと言って、采夏が床に茶殻チャガラをまき散らした時は、

 玉芳が散らかさないでよ! と声を荒げたりもあったが、実際采夏の言う通り生臭い匂いが幾分か弱まった。

 あとは、茶殻とともに再度床を拭けば、血の痕も匂いも取れて綺麗な元の状態に戻った。


 後は、一旦外に放り出した豚の頭を捨てるだけ。

 後宮には、ごみを処分する場所がある。

 本来なら、妃に仕える宮女が全て片付けてくれるのだが、宮女がいない采夏たちは自分達で行くしかない。


 木桶に豚の頭を入れて歩く。

 一応布を桶の上にかぶせてみたが、豚の頭から漂う腐臭のような生臭い匂いは抑えきれず、歩くたびに異臭が鼻についた。


「はーー、本当にひどい匂い。これ明日もやられたら、私死ぬかも」

 口元に布を当てて幾分青ざめた顔をした玉芳が言った。


「確かに、朝一番にあの匂いはきついですね。豚ももったいないし」

 青国セイコクでは豚の頭も食材だ。

 とはいえあのように打ち捨てられたようなものは流石に食す気になれないが。


「貞花妃のやることがどんどんひどくなってる気がするんだよね。皇太后様に、助けを求めたほうがいいかもよ」

「そうですね。花妃様をお諫めできる人といえば、皇太后さまぐらいですもんね……」

 皇太后、つまり皇帝黒瑛の実母である。

 この後宮では、本来、最も力のある女性だ。

 それはもちろん、花妃よりも序列的には上なのだが……。


「でも、やっぱ無理かなぁ。なんて言っても、貞花妃は、秦漱石様の親類。実際、皇太后さまは貞花妃が好き勝手しても咎めたことがないらしいし」

 玉芳が口をとがらせてそう言った。


 貞花妃には、秦漱石の後ろ盾がある。

 現在の王朝が、秦漱石によって支配されていると言っても過言ではない今、皇太后の力でも貞花妃を押さえることは難しいと言えた。


「まあ、まだしばらく様子を見てみます。私はまだそれほど気にしていないもの」

 采夏はそう言って、少しだけ歩みを早める。

 強がりに聞こえるかもしれないが、実際采夏はそれほど気にしていなかった。

 なにせ、彼女はお茶さえ飲めればそれで満足なのだから。



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