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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛より茶が欲しい

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秦漱石は蔑む

 采夏と黒瑛が竹祷茶を飲んでいた頃、花陵殿カリョウデンにて、怒りで顔を歪ませ髪を振り乱す妃と、最高位の宦官カンガン服である藍色の衣を着た男がいた。


「どういうことなの、伯父様! 陛下が、入ったばかりの下級の妃を呼ぶなんて!」

 泣き叫ぶようにそう言ったのは、花陵殿の主、貞花妃だった。

 怒りのために泣いた目は腫れ上がり、いつもきれいに整えている髪に至ってはぼさぼさに乱れている。

 そして、側にいた恰幅の良い宦官は、その脂ぎった顔を歪めて迷惑そうにため息をついた。

 貞の伯父であり、現在宮中でもっとも権力を持つ秦漱石シンソウセキその人だ。


(後宮に私の親戚筋を入れるのも良いかと思って、姪を後宮に入れてみたが、なんとも我儘で面倒な娘だ。しかも、あの引きこもり帝の気を引き付けることもできないとは使えない)

 内心で毒づきつつも、あまり娘を刺激しないようにどうにか笑みを貼り付けた。


「そう声を荒らげるでない。お前は花妃なのだ。その地位が失われることはないのだから」


 秦漱石の言葉を受けて、貞は縋るように泣きついた。

 上目遣いで秦漱石を見遣る。


「ねえ、伯父様、どうして陛下はわらわを呼んでくださらないの!?

 ちゃんと伯父様から言っているのでしょう? 伯父様のお力なら、陛下はわらわを呼んでくださるはずよ!」


「言ってはいるが、あまり後宮に興味がないご様子でな。故に今回のこと……下級妃の元に通ったことには私も突然で驚いた。が、あの陛下が、後宮に興味を持ったことは歓迎すべきことだ。そのうちにそなたも呼ぶだろうよ」


「そのうちにだなんて、そんな悠長なこと言ってられないわ! わらわは四大妃の花妃なのに、どうして別の妃なんて呼ぶの!? こんな屈辱初めてよ! あの女、どうやって陛下に取り入ったの!?」

 怒りに顔を赤らめてそう嘆く。

 力を入れすぎて、唇にうっすらと血が浮かぶ。


「最近陛下はお茶に凝っている。呼ばれた妃は、茶農家の娘だとか。それで興味が湧いたのだろうよ。なあにすぐに飽きる」


「茶農家……? ああ、そういえば、あの時、勝手にお茶を飲んだりしていたわね……」

 先日の朝の食事会のことを想い出して、貞は苦々しく口にした。


「そう、ただの田舎娘だ。陛下もすぐに飽いてそなたの元に参ろうというもの」

「そう、そうよね。……でも、きっと、他の妃や宮女のやつら、一度も渡りのないわらわが花妃であることを馬鹿にしてくるにちがいないわ」

「馬鹿にする者がいれば罰すればいい。そなたには私がついているのだ」

「伯父様……! そう、そうよね。わらわには伯父様がついているのだもの……」

「だが、分かってると思うが陛下に呼ばれた采夏妃には手を出すなよ」

 秦漱石のその言葉に貞はまなじりをつりあげた。


「どうしてよ!? その女が一番邪魔なのに!」

「陛下には早く次の御子を作ってもらわねばならない。せっかく興味をもったのだ。その妃には子を産んでもらわねばな」


(今の皇帝がダメになった時のために、すげかえる傀儡は多い方がいい。とくに幼いうちに帝位に就かせるのがより望ましい。私の思い通りにできる)

 秦漱石の思惑を知らぬ貞は不満そうに鼻を鳴らした。


「わらわが、産めばよいでしょう!? わらわが、国母になるの。伯父様だってそれをお望みのはず!」

「わかっておる。先ほどから言っておるだろう? 陛下もその内お主の元に参るだろうと。

 焦るでない。それにその妃も皇子さえ産めば好きにしていい、殺したっていいのだから」

 なだめるようにそう言うが、秦漱石の心中は冷えきっていた。


(愚かな娘だとは思っていたが、ここまで聞きわけがないとは……。

 だいたい誰のおかげで、ここまでの贅沢ができていると思っている)


 秦漱石は、もともと平民で、貧乏な家の出だ。日々飲んだくれては盗みを犯して日々を凌いでいた。

 しかし、とうとう捕縛され罪人となり、宦官に落とされた。

 その際、他の親戚どもは厄介者がやっといなくなったと喜んでさえいた風であったのに、秦漱石が三代前の皇帝に取り入り権力を手に入れると、何食わぬ顔ですり寄ってくるようになった。

 貞はその中の一人である弟の娘だ。


 なかなかの器量良しでもあったので何かに使えるかもしれないと思って後宮に入れてみたが、それだけ。

 親族の情などは全く持っていなかった。


「焦ってなんていないわ! 陛下も陛下よ、あんな泥臭い娘が良いなんて、趣味の悪いこと。わらわがあんな田舎臭い女の下だと言いたいの!? 許せない、許せないわ! 他の女に目を向けるというのなら……」

 貞はそう言って、何事かぶつぶつと呟き、自分の爪をガリガリと噛み始めた。

 仕える宮女たちが毎日念入りに手入れをしていた爪はすでにボロボロだ。


(短気を起こさねばいいが……。まあ、この愚かな女がなにかしたところで、

 私の優位は変わらない。あの馬鹿な出涸らし皇帝が玉座にいる間はな)


 秦漱石は、蔑むように目を細めて貞を見下ろした。



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