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第百十六話 大いなる意思

「えっと、そもそもの話なんですけれど。なんでシルフさんの自我が薄くなっちゃうんですか?周期的なもの?」

「ああ、まあ確かに稀に大精霊が力を失って代替わりすることはあるわね。本当に滅多にないことだけれど。雪の子や、火の大精霊のように眠りについて、表向き不在、なんてこともあるわけだし。けれど、妾の場合は……母に反抗したからねぇ。お仕置きなのよ」

「……母?反抗?お仕置き?」

 大精霊の母とは……。首を傾げているのはテルマだけではなかった。イネスもイゼキエルも、続きを待つ。

「えーっと、大精霊としての領分を超えたことに触れたのよ。でも、妾は後悔しない。あれはそうしなければならなかったと、今でも思っているわ」

 シルフの視線は、雪の女王に向かう。雪の女王は肩をしょんぼりと落としていた。

 そのことに、ウナは目を閉じてなにも言わない。大精霊としてはもちろんシルフを責めてもおかしくないと理解しているが、彼女の選択を尊重したい気持ちと、彼女がそれを選んだ判断を理解できるからだ。

 だから、是とも否とも言わなかった。

「だって、元は母の罪だもの」

「シル!」

 シルフがそう言葉にした時、突然その場の全員が重力がのしかかったように体が地面に押し付けられた。

「な……に……?」

 声すら、絞り出さなければ発せられない。

 その場の全員が身を起こせない。

 雪の女王は炎の妹を必死に庇いながら押しつぶさないように少しだけ体を浮かせて耐えている。

 ウナは精神体である体すら地面に押し付けられながら、見えぬ力で制限されても力を振り絞り、水を操って雪の女王と炎の妹、そしてテルマ達の体を支えた。

 彼らは少しだけ体が軽くなる。

「は……は……」

 とっと、地に降り立つ足が見えた。頭をあげられないがゆえに、それしか見えない。

 しかし、シルフはその足を母と呼んだ。

 テルマはウナの力のおかげで、少しだけ頭をあげられる。

 そこに立っていたのは、少女だった。白い服を着ているかと思えば、黒い服を着ているようにも見える。髪も目も瞳も、全てが同じ色。色が黒にも白にも見えたのは、色が動いているからだ。まるでオパールを光にかざして、その向きが変わるごとに色が変わるように、白と黒が揺れている。最初は少女と思ったが、もしくは少年かもしれない。だが、シルフが母と呼んだからにはやはり少女なのかもしれない。

「(               )」

 それは声ではなかった。ただの、母と呼ばれたものの意思が全身を駆け抜けて伝わってくる。いや、たたきつけられているようだ。

「な……んども申し上げますが、後悔は……しておりません」

「(                   )」

「その……おいかり……は筋違い…です。あの子を……、く……るしめたのは、あなたではありませんか。この世界そのものであるはずのあなたが、己のために手を入れて、作り出し、そのくせ放置した。我らの同胞を」

 絞り出していたシルフの声はやがて、湧き上がる激情に押し出されて雪崩落ちていく。

「その結果、聖女という形で落ち着いた。そこに至るまでの、あなたの、実験とも言える行動に、苦しめられた。本来生まれるべき道を通らずに生まれてしまったがために、精霊でありながら、自分の力の使い方を知ることができなかった。カミとして生まれるはずだったのに、精霊に変質させられた!精霊として生まれたのに、心は意思ある者達に近かった!そんなちぐはぐさのせいで、苦しめられた!」

「(                )」

「そうです。炎の子が生まれるまで、欠けたままでバランスが取れなかった。あなたが完成形と思っているはずの聖女は、あなたの目的には沿うていますが、本来背負わずともいい苦しみを抱え続けている」

「(                     )」

「この世界を維持するためには仕方ないことだったのかもしれません。ですが、あのまま妾が魂に干渉しなければ、この世界そのものに傷がつきかねなかった。そうなれば、母も……」 「(                 )」

「わかっております。次の風の大精霊は決めております。つつがなく還りますので」

「(                   )」

 最後の意思の叩きつけが終わると、母と呼ばれたものは消えた。すると途端に、体の自由が効くようになる。

「う、ぷはっ!今の何?!みんな大丈夫ですかー?」

「ぐっ腰が……」

「イネスさんは大丈夫そうですね!」

 イネスの体は自身で用意した機械からだだ。千年耐えた遺跡に残っていたパーツで作っているため耐久力はないが、まだ動けはするし、まだ予備もあるため修復は可能だ。

 そんなことは知らないテルマは弟に駆け寄った。

「キエル、立てる?」

「ああ」

「フーっ」

 雪の女王は、炎の妹が無事なのをみて息を吐いたが、炎の妹はイライラをその表情全てて表し、興奮した猫のように鼻息荒く炎が飛び出している。

 ゆっくりと身を起こしたウナが炎の妹の目に手を当てて外すと、炎の妹は落ち着いたかのように目を閉じて寝息をたてた。

「ウナさん、さっき庇ってくれましたよね。ありがとうございました」

「……だから言ったんやで、知らんほうがええって。知ったからには無関係ではおられんのや」

 ウナは同じようにゆっくりと身を起こしたシルフに視線を向けた。

「シル、さっきの発言は浅慮やで。母怒ってしもて、期限短くなってしもたやん」

「ふっ。今更。最後だから、言いたいこと言ってやりたかったのよ」

「やめてや。母は会話全部聞いとる。また来てまうやろ」

 イゼキエルとテルマは顔を見合わせた。

「あの……母っているのは?」

「ああ、妾達は母と呼んでいるの。さっきのは抽象的なものをわかりやすく具現化した端末のようなもので……。本体はこの世界、この星そのものの、おおいなる意思よ」

「せ、世界そのもの?」

「そう。大精霊たる妾達も、あなた達意思あるものも、山も木も石も水も、光や闇でさえ、母の体を構成する要素。究極的に言えば、あなた達にとってもあの方は母と呼べるかもしれないわね」




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