第百八話 天命を待つ
巨大ロボは恐ろしく滑らかに動いた。
吹雪の巨人はぐるぐる渦を巻く吹雪のせいで、まるでミイラのように見えた。だがそれだけ濃密に絡みついた暴風に全身が覆われているということだ。吹雪の巨人の進行方向にはルインがある。このまま進ませるわけにはいかない。
だから最初にあいつにかましたのは、俺の担当の右腕だ。
ちなみに独断ではない。洋一の指示がチャットにすごい速さで書き込まれている通りにしただけだからな。
「いけ、ロケットパーンチ!」
巨大ロボの右腕が発射され、吹雪の巨人を貫く。
同時に慣性の法則に襲われた俺は予想外の状態に吹き飛ばされないように身を固くした。
いや、シートベルトは締めてるんだけれども!
てか、俺右腕部分にいるんじゃん。ロケットパンチしたら俺ごといっちゃうんじゃねーか!と今更ながらに気づく。
俺の混乱と恐れとは裏腹に、ロケットパンチは吹雪の巨人に衝突したしゅんかん、手首の部分がパカリと開いて吹雪を吸い込み、貫いた場所は空洞になった。飛んで行った右腕はぎゅるんとUターンし、がちんと再びロボの二の腕に嵌まる。
収まった衝撃に体を立て直して画面を見ると、吹雪の巨人の体の三分の一が穿たれてなくなっていた。
「めっちゃすごい威力じゃねーか!俺になんてもの持たせるんだ!」
「これぐらいの威力がなきゃ倒せねーだろ!それに、これぐらいじゃ倒しきれない」
先輩勇者の言う意味はすぐにわかった。雪の巨人のぽっかり空いた空洞はすぐに他の吹雪の部分が補って塞がれていく。
「いいか、これはロケットパンチという名の掃除機なんだ。地道に吸っていくしかねーんだよ。今一回吸った分の吹雪をより分けて、固めてるとこだから連続しては使えないからな!」
「吸引力の変わらないロケットパンチにはできなかったわけな」
「連続じゃなけりゃ吸引力の変わらないロケットパンチなんだよ」
そういうこの機体の事情を洋一は把握しているようで、次発できるまでのインターバルの間に吹雪の巨人が町に近づけないよう、エレノアとイゼキエルに指示を出し、ふぶきの巨人に組み付く。
俺はチャットの指示に従うためにレバーを動かすが、それよりも巨大ロボの足技がさく裂するほうが先だった。二人がそれぞれ操作しているとは思えないほど滑らかに両足が動き出し、吹雪の巨人に蹴りやひねりを与えて、町とは反対方向に押し出していく。まるでかろやかな体術の一連の型を見ているかのように、飛んだり跳ねたりと、アクロバティックな動きで相手を翻弄していた。
ただ、それらの動きをするのに任せたまま振り回されるだけでは体のバランスが取れない。腕の動きで全体のバランスを取るようレバーをごりごりと動かす。
「思ったより連携取れてて、天才の俺もびっくりだわ。チャージ完了まであと七十五秒」
連携とれてるってよりは、必死に自分の体がその動きをしたら、とか想像してバランス取れるように動かしてるだけだがな!
とはいえ、何度攻撃しても吹雪の巨人は小さくなりもしなければ、ダメージを与えられている気もしないぐらい、すぐに相手の傷は塞がる。
「くっこのままならじり貧じゃねーか」
こちらが壊れるのが先か、吹雪を吸い取り尽くすのが先か。
「容量がたりてないようだな。二千年前より強い」
こちらが決定打を見出す前に、吹雪の巨人はこちらから興味が失せたかのように、町のほうへ歩き出してしまう。
「まずい!」
あのまま町に行かれたら、町がめちゃくちゃになる。
だが、俺達よりも先に、吹雪の巨人の前に立ちふさがる小さな存在があった。
「あれは、雪の女王?」
両手を広げ、雪の巨人とはまた違う吹雪を身にまとわせながら吹雪の巨人の前に浮遊し立ちふさがる彼女は、そんな彼女に躊躇う様子もなく通過しようとした吹雪の巨人に触れた瞬間、吹雪の巨人の形がぐにょりとゆがんだ。どうやら、吹雪の巨人の凝り固まった瘴気を、雪の女王が取り込んでいるようだった。
もともとあの吹雪の巨人は、雪の女王が浄化しきれず、また逆に生み出してしまったものだ。後始末は自分でやる。その意志による行動だと、一度彼女と繋がったことのある呪い達右腕から伝わってくるようだ。
精霊とは魔力の属性をつかさどり、自然の大いなる流れの調整者。瘴気を浄化する機能もある。だが、その精霊であるはずの雪の女王は、ぶはっと血を吐いた。それでも雪の女王は手を止めたりせず、巨人を睨みつける。
「なんで……!」
「変質だ。雪の女王は普通の精霊とは違う存在になった。精霊でありながら肉体を持つ特殊な精霊に。その肉体が、巨大すぎる瘴気に耐えられてない!」
たぶん、彼女をあのままにはしておけない。そんな気持ちはこの合体ロボに乗っている奴ら全員の意識だったんだろう。誰に支持されることもなく、巨大ロボは血を吐きながら責任を果たそうとする雪の女王に手を伸ばした。
吹雪の巨人は、その意識などほとんどないであろうに、消滅させられることに必死に抵抗しているようだった。吸い込まれて消えそうな自分の体をぶわりと膨らませて、それまで一度も開いたことのなかった頭部の口のあたりがぱかりと開き、今度は巨人が雪の女王を飲み込もうと覆いかぶさる。
その時、視界の端に目的だった男が空飛ぶスクーターのようなものに乗ってにやりと笑っていることが目に入った。そして手をふっと動かすと。
「ヒヒヒヒ。許容量を超えた瘴気を取り込めば、変質した精霊はどうなりますかね?」
と、地面の下に溜まっていた瘴気も地面から染み出し、巨人の足を伝って再び巨人が大きくなる。
俺は最大出力で伸ばした手から瘴気を吸い込んだ。
「おい、この勢いで吸い込んだら、容量オーバーだ!」
「容量は、ここにもあんだよ!」
ロボの腕の中にまで侵食した瘴気を吸い込み、体の中でヘドロと清水をより分けるイメージに集中する。
吹雪に突っ込んだ巨大ロボの機体は、増えてしまった瘴気の圧力に耐えかねてじわじわとけずられ、中身が露出し始めていた。それでも引くという選択肢はなかった。いや、ないとなぜか五人の意識が重なったのは感じた。俺の勘違いかもしれないけど。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
全身にものすごい圧力がかかった。暑くて寒くて痛くて感覚がなくなってを一度に全身が経験しているかのような、様々な環境が体の中を駆け巡り、それをなんとかなだめすかせる。
「おい、呼吸しろ!!!」
「ふはっ!」
気づかぬ間に息を止めていたらしい。自分の酸欠に気づいた瞬間、空気を何度も吸い込み、げほげほと咳をした。
「おい、あいつが逃げるぞ!」
ふと見上げると、青空がのぞいていた。巨大ロボはいろんだ場所が削られ、俺のいた部分のコックピットも割れていた。巨大ロボは横たわり、上には吹雪の巨人は消え去っていた。
だが、俺はまだ真の目的を果たしていない。
先輩勇者が目ざとく、あの白衣の男が去り行く姿をとらえていたらしい。俺は、右手をぎゅぅッと握りしめて立ち上がる。右手が熱い。
「俺をあいつのとこまで飛ばせ!」
俺が叫ぶと、意思をもった風が俺の体を宙にぶん投げた。俺が何とか空中でバランスを取って、森の奥に消えようとする白衣に視線を定める。
すると、ずっと俺がロボに乗っている間白衣の男を探していた、人間サイズにおおきくなったやきとりが、ふわりと俺の下に飛んでいた。俺は遠慮なくその背を蹴って、白衣の男に飛びかかる。やきとりと同じく白衣の男を追っていた月夜が、影ので男を絡めとり、その場に拘束した瞬間、俺は右手をその男の頬に叩きこんだ。
「ぐふぉ!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
全身の疲労と、拳の痛みと、達成感とがないまぜになる。
だが俺が気を抜く暇もなく、上空から声が降ってきた。
「いやはや、いいものを見せてもらいました!瘴気にも薄くではあるが意識を持たせられる可能性もみましたし、あの巨人同士の戦いも非常に興味深かった。できれば破片などももちかえりたいですねぇ」
「な、なんで」
俺の目の前には確かに殴り飛ばした白衣の男が気を失っている。だが、上空にニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべているのもまた、白衣の男だった。
「ヒヒヒヒ。それは私の分身ですよ。あなたも知っているでしょう?私が人形を作れること」
そういえば、地下遊園地の殺人事件もそんな感じだったか。
右手が痛いほど熱い。もはや炎そのもののような暑さだ。チリチリと焼かれて、しかし上空にいる白衣の男にどうこの拳を届かせようか。
「まあ、実験データはおいおい検証するとして、それではおいとまさせていただきます。またよろしくお願いしますね、ヒヒヒヒ」
タイヤのないスクーターのような乗り物でUターンし、その背は去っていく。
「おい待て!」
俺がやきとりに乗ろうとした瞬間、巨大な鹿のような存在が現れ、角で俺の体をすくい上げた後、ぼとんと背に乗せて問答無用で空へ駆けあがった。
「あんたは……確か灰と再生のカミ」
雪の女王の父親である、灰と再生のカミだった。
カミは振り返ることなく、白衣の男を追いかけている。
「あー、そっか。あんたも怒ってたんだな。娘を傷つけられたら、そうなるよな」
俺は白衣の男の背を睨みつける。
「ちょうどいい。このまま本体のとこまで連れてってもらおうぜ。どうせあれも人形だ」
もし人形が使えるというのなら、観察も人形を送り込んでいた可能性が高い。だが、データは回収しなければならないはずだ。
そして俺の予想通り、ルインからそこそこ離れた距離の、崖が乱立しているところで、アレクセイとファウストが並んでいる姿を見つける。
「いた!」
俺達が近づいた瞬間、アレクセイと目が合った。だがアレクセイは何を言うでもなく、なぜか目を閉じた。
俺は躊躇することなくその勢いのまま、アレクセイに話しかけていた白衣の男の頬に、間違いなく、右手を叩きこんだ。
「ぐぶぼっっ!」
今度こそ、驚愕の眼差しが白衣の男から俺に向けられる。
「ぐほっ、な、なぜ……」
白衣の男はちらりとアレクセイを見上げた。
「お前は今回やりすぎた。そのくらいの報いは受けるべきだ」
「契約違反ではありませんか。あなたの依頼はこなす代わりに、あなたは私を護衛し手伝いうという利害のが一致した話だったでしょう?」
「目的を逸脱した行為が多すぎたな」
よくわからないが、アレクセイが動かなかったのは白衣の男がやりすぎたという認識はあったらしい。だが、止めなかったのなら同罪ではないのか。
「あんたらの目的は……なんだ?時間を、超えようとしてたんだよな?」
「……」
アレクセイは何も答えず、踵を返す。
「ちょ、おい待て!」
俺が追いかけようとすると、灰と再生のカミが割り込んで俺を止める。なんで止めるのかと言おうとしたあと、俺の足元の地に横一線の傷があることに気づいた。俺が視線を上げると、アレクセイは剣に手をやっている。
抜いた瞬間だけじゃない。剣を振った動作も見えなかった。
そしてカミが止めていなければ、俺の胴と下半身はさようならしていただろう。
実力が違いすぎる。
「この男はまだ必要だ。このまま去れば追いはしない」
アレクセイはそう言い残すと、白衣の男を引きずって姿を消した。
「…………なんだったんだ」
「……」
灰と再生のカミが、慰めるように鼻で俺の頭をつついた。
副題 決着




