第13話
調査隊への参加が決まってからは、準備で慌ただしい日々を送った。
少しでも剣の腕を上達させた状態で出発したかった私は、師匠にお願いして”師匠の師匠”を紹介してもらった。というのも、師匠はミキエール家の騎士としての仕事の合間に私の稽古をつけてくれていたからだ。「今以上に稽古に時間を割きたい」と私が思っても、師匠の体が空かないのでは仕方がない。かといって、本業である騎士のお仕事に支障を来させるわけにもいかない。
紹介してもらったお師匠様は、なんとランドルフ師匠のお父様だった。ランドルフ師匠がそのまま年をとったらこんなロマンスグレーになるんだろうな、といった感じのイケおじいだ。
師匠のお父様はミキエール家に騎士として勤めたあと、片田舎に引っ越して剣道道場を開いていたそうだ。今回、道場をお弟子さんに託して、わざわざ私のために王都まで出てきてくれたという。
「短期間ちょっぱやコースなんて調子のいいことを言う馬鹿者の面倒なぞ……と最初は思ったのですが、事情が事情ですものな。お引き受けいたしましょう。しかし、私は愚息と違って甘やかしはしませんぞ?」
そう言う通り、大師匠の稽古はとても厳しかった。けれども、私はとても温かい気持ちで稽古を受けた。なぜなら、大師匠の厳しさはお父ちゃんにとても似ていたからだ。
「お嬢様はとても骨のあるお人ですな。どうですか? ”ご令嬢”なんてやめて、うちのせがれと結婚しませんか」
「えっ、いいんですか!?」
最終的には弟子としてとても可愛がってもらえて、こんなお世辞まで言ってもらえた。私もルンルンで返事をしたものだから、様子を見に来たランドルフ師匠がゴホゴホとむせ返っていた。
「おお、バカ息子。いたのか。そら、お前の嫁が決まったぞ」
「ランドルフ師匠、よろしくお願いします!」
「ああもう、シルビア! 親父の冗談に付き合う必要ないから!」
顔を真っ赤にしてズガズガと近づいてきた師匠は、私の額にデコピンをお見舞いしてきた。
「ていうか、そうやって、大人をからかうんじゃありません! 旦那様に怒られますよ、俺が!」
「ふふ、怒られるの、私じゃなくて師匠なんだ」
「当たり前でしょう!」
ムスッとした顔で見下ろしてくるランドルフ師匠の耳が赤く染まっている。ふへへ、前世ではこんな胸キュンエピソードなんて全然なかったから、なんだかくすぐったい。
「で、お前は何しに来たんだね。ちゃんとお勤めは果たしているんだろうな」
「当たり前だろ! ……これを、シルビアに届けに来たんだよ」
大師匠に絡まれて、ランドルフ師匠は若干ご機嫌斜めになった。無造作に差し出されたそれは、前回のダンジョン攻略出発のときにもらったのと同じ剣だった。
「折れたときのことを考えて、同時進行で作っててもらっていたんだ。その二本目が完成したっていうから、取りに行っていたんだよ。……今度は、折る前に帰って来いよ」
「はい、ありがとうございます!」
ランドルフ師匠はフと表情を緩めると、頭をポンポンと撫でてくれた。師匠が気遣ってくれるのが嬉しくて、私は心の中で精一杯ニコニコした。
***
「剣二本差しだなんて、重たくありませんか?」
出発日当日、リュシエルが私の腰に携えてある剣を見て首をかしげた。
今回のミッションである遺跡の調査は、多分だが魔法さえ使えればこなせる任務だろう。けれども、私は剣で戦うことも考えて、二本の剣を用意してきたのだ。師匠が用意してくれた”剣戟に魔力を乗せる際に使う刀”は、正直いって若干もろい。だから、ここぞというときにしか、この剣は使いたくない。
「……というわけで、普通の剣も持ってきたってわけ」
私がそのように説明すると、リュシエルは腕を組んで思案顔を浮かべた。
「”剣聖にふさわしい剣”について、調べる必要がありますね」
「そうなんだよね。だけど、私一人じゃ、ちょっと手いっぱいで……」
「分かりました。僕のほうで手配しておきます」
スポンサーがいるって、心強い。私は、感謝の気持ちを込めてにっこりと笑うと──
「ありがとう!」
「……!」
リュシエルは頬をうっすらとピンクにして、慌てて私から目を逸らした。……え、私に興味があるって言ったの、本当だったの? うそやだ、どうしよう。
ほんの少しだけ、ムズムズとするような、ちょっと気まずい気分でいると。遠くから走ってくる人が二人いた。赤茶けた短髪で、私よりも少し小さな男の子。それから、亜麻色の長髪が美しい男の子の二人だ。
「遅れて申し訳ございません!」
頭を下げる二人に、リュシエルはにこやかな表情で言った。
「大丈夫です。時間ピッタリですよ。だから、頭を上げてください。──もうじき、手配した馬車が着ます。それまで、自己紹介でもしましょうか」
二人の男の子はうなずいて話し始めようとした。──けれども、ごめん。私はもう、君たちのことは知っているんだ。だって、君たちはゲーム<マギルギアン>内の主人公・ミラベルの攻略相手だからね。
「俺は庶民クラス一年のジャック・シモンズ。冒険者のクラスは罠師で登録しています。手先の器用さが自慢です。よ、よろしくお願いします!」
赤茶髪の男の子が勢いよくお辞儀した。腰には罠の解除に使う器具や戦闘用のナイフがぶら下がっていた。
次に、亜麻色の長髪君がお辞儀をした。肩にギターのような形の弦楽器を担いでいた。
「私は庶民クラス三年のヨハン・カウフマン。冒険者のクラスは吟遊詩人です。古代語に詳しいため、今回の任務に抜擢されました。よろしくお願いいたします」
この二人は最初から出てくるアシュリーや、その護衛のダミアンよりも後に出てくるため、最初から”ミラベルへの好感度”が高めで登場する。だから、きっと私への好感度は低いはず──
そんなことを考えつつも、私は渾身の笑顔で挨拶をした。
「シルビアです。クラスは魔法使いだけど、最近、剣もたしなんでいます。よろしくお願いします」
「わあ……。シルビア様、笑えるんですねえ……」
感心した様子で、結構失礼なことをジャックがポロリと言った。私は気にしないように努めたけれど、リュシエルが若干怒り顔だった。それに気がついてか、ジャックは慌てて両手をブンブンと振った。
「いえ、あの、決して馬鹿にしているわけでなく! 極氷の君と呼ばれている方だから、きっと怖い人なんだろうと思っていたのに、とても素敵に笑うから……!」
顔を真っ赤にしてプシプシと煙を立てているジャックは、とても可愛らしかった。──ていうか、もしかして、ミラベルが立てるべきフラグを今、私が立てた?
そうこうしているうちに、リュシエルが手配した馬車が到着した。中から、王族護衛騎士の鎧を着た男の子が降りてきた。精悍な顔つきの、大盾が似合いそうな子だ。
「リュシエル様、遅くなり申し訳ございませんでした」
「今ちょうど、自己紹介をしていたところだよ。お前も名乗ってあげなさい」
リュシエルにうなずくと、騎士の子が薄い水色の瞳で私たちを見渡しながら言った。
「リュシエル様の護衛を務めます、カルバスと申します。貴族クラスの三年ですが、王家親衛隊の見習いもしております。よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をするカルバスは、ダミアンなんかよりも頼りになる護衛に見えた。
リュシエルはパンと手を叩くと、みんなに向かって言った。
「では、参りましょう。ユル・マニカ遺跡へ!」




