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10:聖女な騎士は何度でも立ち上がる

 

 周囲の視線が集まる中、キャスリーンとシャルが剣を交わす……のだが、勝敗など初めから分かり切っている。

 シャルは先程までアルベルトと互角に剣を交わしていた実力の持ち主。聞けばバクレールでも名を馳せていたという。――ロイが冗談交じりに「バクレールでは馬鹿真面目な奴ほど強いんだな」と話せば、それを聞いたローディスがマリユスの肩を叩きながら「それに鈍感なほどな」と付け足した――

 対してキャスリーンはと言えば、レイピアこそ扱えているがその実力は並みの騎士以下。そもそも、他の騎士と同じ剣では重さに負けるからレイピアを使っているのだ。

 そんな二人が対峙すればどうなるか。もちろんキャスリーンの完敗である。見るまでもなく分かり切っており、誰もがこれは勝負にならないと考えていた。

 ……のだが。


「まだまだ!」


 と、キャスリーンが立ち上がったのは、シャルからの一撃に負けて転んだ直後。

 がばっと勢いよく立ち上がり、再びレイピアを構え直す。

 これで何度目か……既に片手の回数は超えている。


「くっ……まだ立つのか」

「まだよ、まだ!」

「それならこの一撃で……!」


 決定打にせんと、シャルが力強い一撃を放ってくる。

 キャスリーンがそれを避け、今度は自分の番だと彼女にレイピアの切っ先を向けた。だがそれすらもシャルの読みの内だったのだろう、懐に潜り込まれ、剣の柄で押し飛ばされた。


「きゃっ……!」


 と高い悲鳴をあげ、勢いのまま地面を転がる。

 なんとも痛々しい負け方だ。これで終わりだと言いたげにシャルが深く息を吐き……、


「もう一本!」


 と立ち上がったキャスリーンに「しつこい!」と声を上げた。

 これで何度目か、もはや誰も数えていない。それどころかもう飽きたと言いたげで、最初こそ勝敗を見届けようとしていた者達が一人また一人と減っている。

 そんな緊迫感の欠片も無い観衆を他所に、キャスリーンが再び一撃を受けて転がり……、


「さぁ次よ、次!」


 と勢いよく立ち上がった。



「……まぁ、考えてみればこうなるよな」


 とは、そんな闘いを眺めているローディスの言葉。隣に立つロイもうんうんと頷いている。


「キャスは弱いけど自分で回復出来るから、気絶さえしなきゃ手合わせなら延々と出来る」

「つまりこれはキャスの聖女の力が尽きるか、シャルの体力が尽きるかだな」


 そう話す双子に、最初こそ「聖女に怪我なんてさせるなよ……」と祈るように見守っていたマリユスも呆れを込めて頷いた。それどころかローディスが飲んでいるお茶を一口貰い、だらけるように欠伸を漏らした。その欠伸がローディスに移り、ロイに移り……と、緊迫感など欠片も無い。

 三人の会話は気が抜けており、騎士の手合わせを見守るとは思えない長閑さである。だが延々と続くやりとりに飽き、雑談を始め、果てには「勝敗決まったら教えてくれ」と解散してしまう他の騎士達よりはマシだろう。最後まで見守ろうという気概はあるのだ。


 そんな中、再びキャスリーンが押し負けて転んだ。

 悲鳴と共にズザッと勢いよく地面を滑り、痛めたのだろう手を押さえる。白い手の甲にはうっすらと血が滲んでいる……が、すぐさまその傷を消して立ち上がった。


「まだよ、まだまだぁ!」


 という声は、半ばハイになっているのかやたらとテンションが高い。

 またも構え直した二人の姿に、埒が明かないと察してまた一人騎士が去っていった。


「なぁ、どっちが勝つか賭けないか? 俺はキャスに賭ける。なんてったって癒しの聖女だ、長期戦に持ち込んで粘り勝ちだな」


 そうに違いない、と自信たっぷりに話すのはロイ。

 これに対して、マリユスが待ったを賭けた。


「シャルの腕前は見ただろ。いくらキャスが聖女の力で立ち上がろうと、実際の実力はシャルの方が上だ。あいつの根性なら粘り勝ちなんてさせないからな」

「お、それならこれで一対一だな。なぁローディス、お前もキャスに賭けるよな? 俺達のキャスが根性勝負で負けるわけがない」

「ローディス、お前なら身内贔屓なしに冷静に判断できるよな。この勝負はシャルの勝ちだ」


 そうだろ、と二人に迫られ、のんびりとキャスリーン達の闘いを眺めていたローディスが頭を掻いた。「そうだなぁ」という彼の声は随分と間延びしているが、そもそもが手合わせの賭け事なのだから間延びするのも仕方あるまい。

 そうしてチラと回答を求める二人を一瞥し、次いで再びいまだ「さぁ次よ!」「だからしつこい!」と喚きながら剣を交えるキャスリーン達を確認し、最後に傍らへと視線をやり……、


「俺は、勝敗が決まるより先にアルベルト隊長の胃が限界を迎えると思う」


 と答えた。ローディスの隣から「うぅ……」と呻き声があがる。

 その声の主はもちろんアルベルトである。恋人であるキャスリーンが怪我をしないかの心配、親友であるシャルが聖女を傷つけ罪に咎められないかの心配、そして止められない己の不甲斐なさ……そういったものが彼の胃を締め付けているのだ。

 あと多分「なんでお前達は暢気に見てられるんだ」という気持ちもあるかもしれない。

 そんなアルベルトを見つめながらのローディスの言葉に、ロイとマリユスがしばし考え、


「お前の勝ちだな」


 と、二人揃ってローディスに拍手を贈った。

 アルベルトが胃を押さえ呻きながら「二人共、そろそろ……」と手合わせに割って入りに行ったのは、それから直ぐの事である。



 結果的に、手合わせはアルベルトの仲裁が入り引き分けとなった。

 といっても騎士の手合わせとしてはキャスリーンの負けである。なにせ何度も打ち倒され、レイピアを手放し転んだ回数は数えきれないほどだ。聖女の力で傷と疲労を癒してすぐさま立ち上がれたものの、それが無ければ勝敗は瞬きする間に終わっただろう。惨敗だ。

 それでも引き分けまで持ち越された事を認め、シャルが片手を差し出してきた。キャスリーンもまた応えるように彼女の手を握る。


「まぁ、根性がある事は認めてやろう」


 そう告げてくる彼女の声はどことなく優しく、「でも私の勝ちだからな」と念を押してくる表情は不敵ではあるが晴れやかだ。どうやら剣を交えた事で多少なり人となりを認めてくれたようだ。なんとも騎士らしい性格ではないか。

 良かった、とキャスリーンが安堵すれば、ポンと頭に手が乗ってきた。もちろんアルベルトである。怪我は無かったかと問われ無事を伝えれば、彼の表情が和らぐ。

 もっとも、どういうわけか先程まで晴れやかだったシャルの表情がどことなく不機嫌になり、アルベルトを「甘やかしすぎだ」と叱咤しだした。


「アルベルト、いくらキャスが聖女とはいえ、あまり過剰に心配するのは良くないだろ。キャスの為にもならない」

「そうか?」

「そうだ。だいたい髪を触るのだって、部下と上官なら」


 在り得ない、とでも言いかけたのだろうか。

 だがシャルの言葉が途中で止まったのは、彼女の黒髪にポンと手が乗ってきたからだ。まるでアルベルトを真似るようにその手がシャルの頭を撫でれば、一つ結びの黒髪が揺れる。


「……マリユス、何をする」

「頭を撫でて欲しいからってそう拗ねるなよ。俺ならいつだって撫でてやるからな、シャーロットちゃん」 


 なぁ、と同意を求めつつマリユスがシャルの頭を撫で続ける。

 そんな彼に対し、シャルは「そうか」と呟き、


「次はお前が相手をしてくれるんだな……」


 と、ゆっくりと剣を抜きだした。

 ひんやりとした空気が彼女から漂いだす。凛とした麗しさのある彼女から漂う冷気は一際冷たく思え、キャスリーンがぶるりと体を震わせた。これはもう手合わせの話ではない、そうシャルから漂う気迫で察する。


「なんでそうなる! 落ち着け!」

「マリユス、確かにお前は私より反射神経は優れている。だが剣の腕は私の方が上だってことを思い知らせてやろう……」

「分かった悪かった、ほらもう撫でないから!」


 シャルを落ち着かせるため、マリユスがパッと彼女の頭上から手を引くと、そのまま手を上にあげて降参の姿勢を見せる。それでようやく納得したのか、シャルが抜きかけていた剣を収めると乱れた黒髪を正した。

 ゆっくりと冷気が引いていくのを感じてキャスリーンがほっと胸を撫でおろし、アルベルトが相変わらずだと笑う。ロイに至っては「一戦やれば良かったのに」と残念そうだ。ローディスだけがマリユスの肩を叩いている。

 そんなやり取りの中、キャスリーンがアルベルトを見上げた。周囲を見れば人気が大分減っており、今ならば話に誘い出すくらいは出来るだろう。


「アルベルト隊長、お話があるんです」

「話?」

「はい、ここじゃなくて、どこか別の場所……で……」


 別の場所で話を、と言いかけ、キャスリーンが自分の視界がクラリと揺らぐのを感じた。

 しまった、と思うより先に足から力が抜ける。突然バランスを崩したことでシャルが目を丸くさせるのが見えた。「キャス!?」と驚いた彼女の声に、ほぼ同時にアルベルトやローディス達の声が被さる。

 だがそれを聞いてもキャスリーンは返事が出来ず、自分の迂闊さを悔やみながらゆっくりと意識を手放した。



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