番外編
第四騎士隊の双子騎士、ローディスとロイは瓜二つである。
鏡に映したかのような顔立ち、髪も瞳も同じ錆色、背丈や体格、声も同じ。そのうえ二人共髪型を揃え、騎士服はおろか私服まで統一している。
これを見分けろというのが無理な話だ。むしろ本人達が瓜二つであることを利用し、見分けられず混乱する仲間達を揶揄って遊んでいた。
「笑えるよな、母さんまで俺達を間違えるんだ……」
と、そう溜息交じりに呟いたのはローディス。
彼らしくない沈んだ声色で、瞳を伏せてまるで込み上げる感情を堪えるように机の一点を見つめている。隣に座るロイも同じように切なげな表情を浮かべ、逃げるように視線をそらす。
普段の彼等らしくなく、これには向かいに座るキャスリーンも窺うように二人の名前を呼んだ。
だが返事にも覇気がなく、再び漏らされる溜息は深い。これはよっぽどだ。
「ローディス、どうしたの?」
「さすがに母さんにまで間違えられるとさ……。なぁロイ」
「あぁ、きっと誰も俺達を見分けるなんて出来ないんだ。俺達なんて、どっちがどっちでも良いんだよな……」
ローディスとロイが顔を見合わせる。二人共悲痛そうな表情で、そしてやはり鏡に映したかのようにそっくりだ。
キャスリーンでさえ見分けがつかず、毎度勘で言い当てているだけ。それさえも「動物の勘」だの「甲殻類の勘」だのと茶化されている。
そんな二人が、瓜二つであることをまさかこんな深刻に捉えていたなんて……。
そう考えれば、今まで「二人共碌なことしないから区別なんて付かなくていい」と言い切っていたことに申し訳なささえ浮かぶ。
「ローディスもロイも、そんなこと言わないで」
「良いんだキャス。瓜二つに生まれてきた俺達が悪い」
「ローディス……」
「きっと俺達はこの先ずっと区別のつかないままなんだ。まぁ、それも仕方ないよな。誰かを恨むことじゃない」
「ロイまで……」
諦めに似た言葉を漏らすローディスとロイに、キャスリーンの胸が痛む。
彼等は聖女と騎士の掛け持ちをしていた自分を受けいれてくれた。今まで隠し続けていたことを許し、今まで通り変わらずキャスとして接してくれている。
そんな彼らが悩んでいる。
これは聖女も騎士も関係ない、友として立ち上がらなければ……!
そうキャスリーンが意気込み、腰から下げている鞄を漁った。
騎士として身分を偽っていた時は医療用具を入れていたが、聖女として仲間達に癒しの力を使えるようになった今、鞄の中にはハンカチやソーイングセットといった小物が入っている。……あと、携帯食料という名のお菓子。
そんな鞄を漁り、キャスリーンがとあるものを掴んだ。次いでローディスとロイへと向き直り、にこやかに微笑み……、
「私に任せて!」
と宣言すると共に、手にしていたペンの蓋を勢いよく外した。
ポンッ!
と軽い音がする。
その音とほぼ同時に、双子が揃えたように立ち上がり走り出した。
そんな事が行われているとは知らず、アルベルトは王宮内を歩いていた。
厳かな空気は重苦しくもあるが、張り詰めた空気は程よい緊張感を与える。身の引き締まる思いだ。
万年この空気の中にいては疲れてしまうがたまには悪くない、そんな事をアルベルトが考え……バタバタと聞こえてくる足音と、「アルベルト隊長、助けてください!」という二重の声に盛大に溜息をついた。
厳かな空気も緊張感もぶち壊しである。通り掛かりのメイドが王宮に不釣り合いな煩さにぎょっとしている。
「お前達、いくら王宮の出入りを許されたからと言って、我が物顔で騒いでいいわけじゃないからな」
「アルベルト隊長、匿ってください!」
「やつが来る!」
「だから騒ぐなと。……なんだ、何があったんだ?」
あまりに鬼気迫る双子の勢いに気圧され、アルベルトが二人を庇うように周囲を窺う。
いかに日頃やかましく人を揶揄う厄介な性格だろうと、ローディスもロイも騎士だ。それも咄嗟の機転が利く。
王宮内で何かあってもここまで取り乱すことはそう無いだろう。
……聖女が攫われるような大事でもない限り。
「何があったんだ。落ち着いて話せ」
「やつが……やつが恐ろしいものを手に追っかけてくるんです!」
「王宮内はやつの領域、地の利は向こうにある……!」
「やつ? おい、何に追われてるんだ?」
「しっぽを逆立てたネズミです!」
「ぷりぷりしたエビです!」
二人の揃った声に、周囲がシンと静まる。
そんな沈黙を破ったのはアルベルトの溜息。相変わらず深い。
「お前達またキャスを揶揄ったのか」
「揶揄ったと言えば揶揄ったと言えなくも無いですね。ギリギリ揶揄ったと言えます」
「揶揄ったか揶揄ってないかと言われれば揶揄ったと言わざるを得ません。どちらかと言えば揶揄った方です」
「屁理屈こねるな。で、今回は何をしたんだ?」
アルベルトが溜息交じりに尋ねれば、ローディスとロイがどちらともなく話し出した。
今回の悪戯の発案者はローディス。
今日もまた瓜二つな外見を利用して誰かを揶揄おうと考え……そして時には趣向を変えてみようと思いついたのだ。
普段陽気に自分達の容姿を利用しているからこそ、その裏に苦難が隠されていると知れば周囲は驚き、きっと面白い反応をしてくれるはずだ、と。
標的をキャスリーンに定めたのはロイ。
キャスリーンは唯一自分達を言い当てられる。だがそれだって根拠のない勘頼りで、扱いはぞんざいだ。
きっと罪悪感で面白い反応をしてくれるだろう。元よりキャスリーンは第四騎士隊の中で一番揶揄った時の反応が楽しい。これ以上ないほどの選抜だ。
そうして二人でキャスリーンを揶揄った。
自分達は瓜二つで誰も見分けがつかない。誰も自分達を個として見てくれない。自分達の区別なんてつかなくて良いのだ、どっちでもいい……。
それを聞いたキャスリーンは期待通りの反応を見せ……、
そして予想の斜め上の行動に出た。
「あれは間違いなく額を狙ってました……!」
「あぁ、キャスに捕まったら間違いなく額に名前を書かれる……!」
慄くように訴える双子に、アルベルトが呆れを込めた溜息をついた。
先程までぎょっとしていた周囲の視線が、今は物珍しそうな色に変わっている。小さく聞こえてくる笑い声には耳を塞ぎたいが、「これが第四騎士隊名物の……」という言葉は気になるところだ。
「まぁでも、キャスもさすがに直接は書かないだろ。せいぜい騎士服の裾ぐらいのはずだ。揶揄った罰として、しばらく名前付きの騎士服で過ごせ」
反省する機会だとアルベルトが告げる。
そのうえ「首から『反省中』ってプレートでも下げるか」と追い打ちをかけるのは、勿論日頃の仕返しである。揶揄われる頻度で言えばキャスリーンが群を抜いているが、アルベルトもまた何かと双子の標的にされているのだ。
むしろ第四騎士隊の中で双子にやられなかった者は居るまい。
だからこそ、この機会に……というアルベルトの考えを察したのか、双子がジロリと睨み付ける。
もっとも、彼等に睨みつけられた程度で氷騎士アルベルトが臆するわけがない。「自業自得だ」と言い切っておいた。
そうして、トタタ……と聞こえてくる足音に三人が同時に通路の先を見た。
曲がり角の向こうから誰かが駆け寄ってくる。
その音にアルベルトはパッと表情を明るくさせ、たいしてローディスとロイが「来た!」と悲鳴をあげる。
何が来たのか?
言わずもがな……、
「ローディス、ロイ、なんで逃げるの!」
キャスリーンである。
その手にはいまだ黒いペンが握られている。
「アルベルト隊長、いいところに! そのまま二人を捕まえておいてください!」
「あぁ分かった。ほらお前達も観念しろ」
「そのままで、出来れば二人の前髪を上げておいてください!」
「やっぱり逃げろ! あれは本気で額を狙ってる目だ!」
アルベルトが慌ててローディスとロイの腕を掴んでいた手を話せば、二人がほぼ同じタイミングで駆けていく。
それに不満を抱いたのはもちろんキャスリーン。せっかく直ぐに書けるようにと外していたペンの蓋を戻して、訴えるようにアルベルトを見上げた。
「アルベルト隊長、なんで逃しちゃうんですか」
「いいかキャス、直はダメだ。人に直に名前を書いちゃいけない。ほら落ち着け」
宥めるようにアルベルトがキャスリーンの頭を撫でる。金の髪をゆっくりと指先で撫で、ついでに三つ編みを軽く揺らす。
それでキャスリーンの機嫌も多少直ったのか、仕方ないと言いたげに息を吐いた。次いでしばらく悩んだ後……、
「それなら、背中にダサい名前ワッペンで我慢します」
と、妥協しているのか定かではない妥協案を口にした。アルベルトに頭を撫でられても怒りはおさまりきらないのだ。
これにはアルベルトも再び宥めようとし……、
「まぁ、それぐらいなら良いか」
と、頷いた。
アルベルトもまた、日頃彼らにしてやられている恨みがあるのだ。
それから数日、ローディスとロイの騎士服の背中にはキャスリーンお手製のダサいワッペンが貼られていた。
もちろん名前付きである。むしろこれでもかと名前をアピールし、可愛い花で囲み、動物まで付いている。色はピンクと黄色とオレンジ色。
幼い女の子なら喜びそうなものだが、これを立派な青年が、それも国を守る騎士が飾るのはいただけない。クスクスと笑われたり後ろ指さされたりと、ローディスもロイも初日で音を上げたほどだ。
−−音を上げワッペンを無理に剥がし……その数時間後には再びワッペンが二人の背中に張り付いていた。もちろんキャスリーンは彼等が無理に剥がすのを予想していたのだ。つまり予備。むしろじょじょに大きく派手にしていき二人を追い詰めていった−−
「ローディス、今回はさすがに懲りただろ」
そう隣に並ぶローディスに告げるのはアルベルト。ポンと背中を叩くのは、もちろんワッペンがある場所だ。
それを受けるローディスは悔しげだが、そんな二人のやりとりにキャスリーンがおやと首を傾げた。
次いで自分の隣に立つロイを見上げ、彼の背後に回って背中に貼られているワッペンを確認する。
騎士服の背中には不釣り合いなワッペン。黄色をベースに花とうさきが飾られ、中央に大きな『ロイ』の文字……。
「……ロイ?」
「どうした、キャス」
「ロイ、だよね。……あれ?」
「なに変なこと言ってるんだ。ほら、背中にお前がつけたワッペンがあるだろ」
ロイが見せつけるように背中のワッペンをアピールしてくる。そこに書かれているのはやはり『ロイ』の文字だ。
ローディスとアルベルトがどうしたのかと言いたげに視線を向けてくる。
それでもやはりキャスリーンは何か違和感を感じ、しばらく『ロイ』のワッペンとそれを背負うロイ、そして『ローディス』のワッペンとそれを背負うローディスを見比べた。
「ロイ」
「だからそうだって、ほらワッペン見てみろ」
「……でも違う! ロイじゃない! ローディス!」
そうキャスリーンが声を荒らげれば、自称ロイが楽しげに笑いだした。ほぼ同じタイミングでローディスを偽っていた方も笑い出すのだ。
これは正解を確認する必要もないだろう。彼等の楽しそうな表情、「やっぱりキャスの勘は優れてる」だの「ご褒美は何がいい」だのと言った言葉が正解を意味してる。
アルベルトもやうやく事実を察したのだろう、やられた……と眉をひそめた。キャスリーンが怒りを顕にケラケラと笑う二人を睨みつける。
「いつから制服交換してたの!」
「さぁ、いつかな? みんないつもより疑わなくて楽しかったな、なぁロイ」
「あぁ、楽しかった。面白いワッペンありがとうな、キャス」
楽しそうに笑いながら双子が走って逃げていく。
残されたのはワッペンを悪用された−−実は丹精込めて作っていたのだ。悪用なんてとんでもない!−−と怒るキャスリーンと、肩を落とすアルベルト。
とりわけアルベルトの落胆は酷く、キャスリーンがどう慰めようかと考えを巡らせ……、
「アルベルト隊長の敵は打ちます。任せてください! 今度こそ額に!」
と、腰からさげた鞄からペンを取り出すと共に、ローディスとロイを追うように走り出した。
「ローディス、ロイ! 大変!」
「(額の『ローディス』の文字を拭いつつ)どうしたキャス、猫に追われたのか。追い詰められたら噛んで目に物見せてやれ」
「窮鼠じゃないし、猫も噛まない!」
「(額の『ロイ』の文字を拭いつつ)ローディスの言うとおりだ、落ち着けよ。慌てると穴に這い入れなくなるぞ」
「穴になんて入らないし、それはエビじゃなくて蟹でしょ! もういい、せっかくの報告なのに二人には教えてあげない!」
「って、怒って帰っていったけど、報告ってなんだったんだろうな。なぁ、ロイ」
「あぁ、でもまさか俺達が朝方キャスの背中に貼った『11/1書籍発売』の張り紙のことじゃないよな? まだ気付いてないのか貼りついてたけど」
「さすがに違うだろ。去り際に見たらナタリア様らしき字の『詳しくは10/30活動報告をご覧ください』の張り紙も追加されてたけど、まさかその事なわけがない」
「だよな、その事なわけがないよな」
「いつ貼ったの! 誰が貼ったの!」
「「あ、戻ってきた」」
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『お飾り聖女は前線で戦いたい』書籍化が決まりました。(書籍タイトルは!を抜かしたものになります)
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