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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳ぱんだ


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第6話 試食会

 勝負の当日だ。

 爆睡しているところを、母に叩き起こされた。

 部屋に入ってきた母は、少し呆れたような顔をしていた。


「もう、七時だよ! ラーメンの仕込みはどうするの?」


 聞けば、母は朝の三時からスープの仕込みをしていたという。

 目の下には、はっきりとクマが浮いている。

 それでも、やたらとテンションが高かった。


 この店では、十一時にラーメンを出すため、早朝、下手をすれば夜中からスープを炊く。

 親父が急病で倒れたのも、その生活が一因だったと俺は思っている。


「俺は八時起きでも間に合うように仕込みしてるからさ。気にしなくて大丈夫だよ」


 母は、納得できないという様子で首を振る。


「そんなもんで、マトモなラーメンが作れるのかねぇ」


 そう言い残して、母は厨房へ降りていった。


 ……まあ、そろそろ準備するか。


 二階のキッチンのコンロに小さな鍋を置き、前日に下拵えして冷蔵しておいた、紐で縛ったチャーシューをタレに沈め、静かに温める。

 続いて、()()()()()()()()()()()()骨格スープを、別の鍋で温め直した。


 さらに、あらかじめ下茹でしておいたブロイラーの鶏ガラを加え、一時間ほど軽く煮る。

 目的は香り付けだ。出汁を取る工程ではない。


 たった二時間で仕上げるスープ。

 レンゲで味を見る。


 ……まあ、こんなもんだな。


「敦史ー。審査員をお願いしてる人が来たよー」


 どこか悪戯っぽい母の声が、階下から響いた。

 たぶん、俺の知り合いだろう。


 階下へ降りると、カウンターに若い女性が一人、ちょこんと腰掛けていた。


「アツシ君、大きくなったね!」


「……遥香ちゃん、じゃない。遥香さん」


「昔みたいな呼び方でいいよ!」


 昔、よく遊んだ親戚筋の女の子だ。

 逆行前の世界では、東京の名の通った大学に進んだところまでは覚えている。

 母がお見合いの話を持ち出すたび、必ず最後に出てくる名前でもあった。


 母は、幼少期に仲が良かったことや、大卒同士であることを理由に、相性がいいと考えていたに違いない。


 遥香ちゃんとは、小学生の頃よく遊んだ。

 二人してこの店のカウンターの中に潜り込み、チャーシューをこっそりつまみ食いしたこともある。

 だが、高学年になるにつれて、自然と疎遠になっていった。


「遥香ちゃん、東京行ってたんじゃなかったっけ?」


「最近、会社辞めて戻ってきたの」


 聞き出した勤め先の会社名は、俺でも知っている企業だった。

 正直、もったいない。


 積もる話はあったが、そろそろスープの最終調整に戻らないといけない。

 話しているうちに集まった他の審査員にも軽く挨拶をして、俺は再び二階へ戻った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、試食会の時間になった。


 先行は母にしてもらう。

 基本的に、人は空腹のときの方が味を強く感じる。

 だから、俺が不利になる順番だ。

 これには、ちゃんとした理由がある。

 俺のラーメンのあとでは、親父の繊細なラーメンは霞んでしまう。


 審査員は四人。

 レギュレーションは若者二人、中年二人。

 母側の審査員は、遥香ちゃんと、近所の荒物屋の親父さんだ。


 荒物屋というのは、生活日用品を扱う店のことだ。

 かつてはどの商店街にもあったが、令和の人間には、もう馴染みがないかもしれない。


 本来、俺のラーメンだけを評価するなら、若者中心の構成が理想だ。

 だが、この店の現実の客層は、中年から老人が大半を占める。


 間を取った――というより、母親側がかなり譲歩した人選だろう。

 そして、審査員の中に一人だけ、母とも店とも縁のない人物がいる。


 俺が連れてきた人だ。


「ラーメン雑誌『週刊ラーメン ガイア』の記者、谷口さんです」


「谷口です。面白そうな企画に呼んでいただいて、ありがとうございます」


 一通りの自己紹介が終わり、試食会が始まった。


 まずは、母のラーメンからだ。

 審査員たちの前にラーメンが並べられる。

 俺の前にも、一杯置かれた。


 いつ見ても惚れ惚れするようなスープだ。

 まず、香りが素晴らしい。

 なぜ、あの材料だけでここまでの香りが出せるのか。

 勝負が終わったら、レシピを見せてもらおう。


 口火を切ったのは、荒物屋の親父さんだった。


「うまい。これは、かなり再現できてるんじゃないか?

 親父さんのこの味。

 このヘルシーなチャーシューが、またいいんだよなぁ」


 谷口さんも好意的だった。

 雑誌用に何枚か写真を撮ってから、箸をつける。


「ベースは、キャベツの芯とチャーシューからの出汁。

 隠し味は、戻し椎茸ですかね」


 ……なんで一口でそこまで分かるんだ。

 まあ、それが分かる人だから、無理に呼んだんだけど。


 少し考え込んでから、谷口さんは続けた。


「調和の取れた、良いスープです。

 今の無添加ブームを、先取りしてますね」


 この人は、本物のラーメン評論家だ。

 お客さんが、こんな人ばかりだったら、この店もこのスープのままで続けられたかもしれない。


 一方で、若者二人の反応は鈍い。

 母は谷口さんに褒められて嬉しそうだったが、その様子に気づき、不安げな顔になる。


「遥香ちゃん、どんな感じかね?」


「うーん……悪くはないんですけど……。

 ヘルシーで、女性には嬉しいかもしれませんね」


 ヘルシー。耳障りのいい言葉だ。

 だが、それはラーメンが選んではいけない道だ。

 小麦粉というカロリーの高い食材を使うラーメンは、ヘルシーさという土台で戦えば、他の料理に必ず負ける。


 歯切れの悪い遥香ちゃんは、母に促されるように、はっきり言った。


「原価のことは分かるんですけど……

 チャーシューから味がしない。出汁を取りすぎだと思います」


 その瞬間、谷口さんの表情が変わった。

 俺も驚いた。


 指摘が、あまりにも的確だったからだ。

 このラーメンは、動物性の旨味をすべてチャーシューに頼っている。

 肩肉の塊をスープに沈め、数時間煮込むやり方だ。

 そんなことをすれば、肉はスカスカになり、旨みがスープに逃げる。


 昔ながらのラーメン屋で、パサパサのチャーシューを食べたことはないだろうか。

 あれは、出汁を取ったあとの出涸らしを使っているからだ。


「……そうだね」


 母は、真正面からの正論に、少しだけ目を伏せた。


 言ったあとで、必死にフォローしようとする遥香ちゃんを横目に、俺は思う。


 だが、このチャーシューには事情がある。

 谷口さんも俺も、分かっていながら指摘しなかった。

 すべては、価格転嫁できないラーメン業界の構造が悪い。


 ラーメンは外食産業の中でも原価率が高い。

 それなのに、五百円以下が当たり前という社会の空気がある。

 麺の上に乗せるチャーシューを出汁用とは別に用意すれば、簡単にこの問題は解決できる。

 だが、原価は簡単に跳ね上がる。


 母を慰める遥香ちゃんを横目に、この業界が抱える、どうしようもない弱点について考えていた。

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