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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳ぱんだ


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第4話 宣戦布告

 東京から帰ってくると、笑顔の母親に迎えられた。

 俺が家業を継いでくれることが嬉しいんだろう。

 台所からは、懐かしい家庭料理の匂いがした。


 一通り歓迎された後、母親が嬉しそうに話しかけてきた。

 荷物を置き、湯を飲み、一息ついた頃だった。


「あのね、お父さんのレシピ見つけたの」


 母は、ずっと胸にしまっていた宝物を思い出したような顔をしていた。

 無理はしないように言っていたのに、俺が帰ってくるまでの二週間、ずっと研究をしていたようだ。


 言葉より先に、母は台所へ向かった。

 そして寸胴の中身を見せてくる。

 蓋が外された瞬間、台所の空気が変わった。

 美しく澄んだスープ。


 丼にカエシを入れ、スープと混ぜる母。

 俺は一瞬だけ、丼を持つ手を止めた。

 勧められるままに差し出されたそれを、一口飲んだ。


 口に入れた瞬間、考えるより先に記憶が反応した。

 ――懐かしい。


 俺は、一瞬子供時代に戻った気がした。

 学校終わりに、友達と一緒に食べた親父のラーメン。

 それを思い出して、涙が出てきた。

 親父がこだわっていた、有機栽培の生産者と直取引した野菜をベースにした味。

 チャーシューから出た旨みと、静かに溶け合っている。


 化学調味料を一切使わない、こだわりのラーメン。

 後味に、こだわりのたまり醤油が絡む。

 とても繊細なスープだ。


 薄い醤油が、野菜の甘みを引き立てる。


 涙を拭い、母につぶやいた。


「この味、懐かしいね」


「でしょ! 完全再現できたんじゃないかしら」


 母は俺の言葉に心から喜んでいる。

 その笑顔を見て、胸の奥が少しだけ重くなった。

 だからこそ、伝えるのがしんどかった。

 ――もう、このラーメンは時代遅れだということを。


 それは、とても薄い味付けだった。

 細かすぎるハーモニー。

 トッピングを少し増やすだけで崩れてしまうほど、繊細なバランス。

 今の若者には、刺さらない。


「うん。本当に親父の味が再現できているよ」


 あの頃と今とでは、街の空気ですら違う。

 父が作るラーメンは、10年前までは確かに受けていた。

 店の前には常に行列ができ、近隣の土地を買って増築したほどだ。

 その時の利益で、俺は大学に行かせてもらった。


 だが、俺の中の冷徹なビジネスマンの部分は、残酷な答えを出していた。


 ここ数年、この店は流行っていない。

 昔からの常連が惰性で来ているだけだ。

 新規の客など、日に数人程度。

 現実は、数字として突きつけられていた。


 俺は商社で働きながら、何度も自分に問い直した。

 父のラーメンの味が落ちていたのか。

 違う。父は死の間際まで、ずっと味を落とさずにラーメンを作り続けていた。


 問題は、作り手ではなかった。

 ただ、消費者の好みが変わったのだ。


 ラーメンに含まれる脂質は、ここ10年で2倍になった。

 令和の時代になると、その差はさらに大きくなる。この時代の10倍だ。

 うま味の成分であるグルタミン酸の含有量も、令和には4倍になった。


 このラーメンは、昔からウチの店を愛してくれる常連には受けるかもしれない。

 だが、それでは赤字だ。


 母は、秘蔵の味が再現できたことが嬉しくて仕方ない様子だった。


「これで店を再開できるんじゃない? どうかな?」


 俺は黙った。

 重たい沈黙が、台所に落ちた。

 母はこちらの様子を伺っている。

 俺が宣言していたからだ。親父のラーメンは継がないと。


「母さん、悪いけど……このラーメンじゃ、店は潰れるよ」


 俺は最初から、本題を告げることにした。


「うま味が薄すぎる。そして、今となっては昔ながらのラーメンだ。

 もちろん、昔ながらのラーメンが悪いと言ってるわけじゃない」


 ただ、新規性がない。

 競争力が低い。

 値段を上げられない。

 それに原価が高すぎる。これで一杯450円じゃ、利益が出せない。

 このラーメンで、『500円の壁』を超えることはできない。


「手伝っていた母さんだって、見たことがあるだろう。

 一見さんの若者が、一口啜ってラーメンを残していく姿を」


 そう言うと、母は黙り込んだ。

 母が一番、分かっているはずだ。


「常連と雑談するくらいしか楽しみがないほど、暇になっていたこの店を」


 父は現状に不満を持ち、いつも新メニューの開発に日夜励んでいた。

 このラーメンは、店の前に行列ができていた十年前よりも完成している。

 野菜の状態に合わせて分量まで変える完璧なレシピ。

 その日の麺の状態を毎日確認し、茹で時間を秒単位で変えていた。


 その上で、新規の客がほとんど来なかったのだ。

 母だって、知っているはずだ。


 そう捲し立てると、母は黙った。

 永遠に続くような、長い沈黙。


 その沈黙を、母は意外な形で破った。


「……そういうからには、新しいラーメンの考えはあるのよね?」


「あぁ。もう俺の頭にある。二週間もらえれば、試作品ができるよ」


 逃げ道はない。

 だが、不思議と嫌な気分はしなかった。


 俺は持っている。

 親父が知り得なかった未来の知識。

 味が定量化され、ラーメン作りが『科学の一分野』にまで昇華した、令和の知識を。


「そう……」


 母は考え込んだ。

 長い沈黙。

 そして、突拍子もないアイデアを出してきた。


「なら、試食会をして、勝った方のラーメンを出すことにしましょう」


「えっ? どういうこと?」


 母は、受け継いできたラーメンを捨てたくないのだろう。

 俺に勝負を仕掛けてきた。


 審査員は、それぞれ二人ずつ選出するらしい。

 グルメ漫画かな?

 そういえば、俺の母親は結構そういうドラマが好きだった。


 少し突拍子もない提案に驚いたが、考えれば考えるほどアリな気がしてきた。

 なんだか、ワクワクしてきた。


「面白いね。じゃあ、それで決めようか」


 俺だって、父の人生とも言えるスープを否定したいわけじゃない。

 ラーメンも、料理も、顧客あってのものだ。

 それを無視して、自分の考えだけを押し通すことはできない。


 審査員は計四人。

 若年層と中年層を、それぞれ連れてくることになった。


 母は、とても楽しそうだ。

 聞いてみると、昔からこういう料理対決をやってみたかったらしい。

 まぁ、普通に生きていて、いきなり料理バトルが始まることなんてないからな。


「じゃあ、勝負は二週間後。この店でしましょう!

 息子といえど、容赦はしないからね」


 久しぶりに、母の声が弾んでいた。

 母は謎のポーズを取りながら、ノリノリで宣戦布告してくる。


「20年間、受け継いできた伝統の味で、蹴散らしてあげるわ!」


 その笑顔を見て、胸の奥が少し軽くなった。

 親父が死んでから、ずっと塞ぎ込んでいたからな。

 この笑顔が見られただけでも、俺はこの店を継いで良かったのかもしれない。

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