第20話 時代の終わり
予約投稿忘れてました。
今日の取材をすべて終えたあと、事務所に戻って椅子に腰掛けた。
しばらくぼんやりしていると、遥香ちゃんが声をかけてきた。
「昼に食べたラーメン、どうだった? 個人的にはちょっと微妙だったかも」
話題は自然と、昼に食べたラーメンのことに移った。
今日は遥香ちゃんが近所にできた家系ラーメンの店に誘ってくれた。
ネットがない時代なのに、開店情報を含めて、いろいろな店の情報をよく仕入れてくる。
「今回の店も家系……っぽい何かだったな」
俺の店の大ヒットをきっかけに、梅田周辺には同じテイストの店が増えている。
まさに雨後の筍だ。
……だが正直、新しくできた店の質にはかなり疑問が残る。
以前の反省を踏まえて、最近は店内で感想を口にしないようにしている。
この前の背脂ラーメンの件のあと、遥香ちゃんにきつく注意された。
自分から感想を聞いておいて注意してくるのは、さすがに少し理不尽だと思う。
とはいえ、俺もこれ以上出禁の店を増やしたくないから従っている。
「敦史くんは家系に一家言あるでしょ?
今日のお店はどうだったの?」
「うーん、特筆することはないかな……。
まぁ、ほうれん草は臭みがなくてよかった」
「なにその感想」
俺の感想がツボに入ったのか、遥香ちゃんが爆笑している。
正直、あれをラーメンとして評価するのは、他の店に失礼だと思う。
豚骨の処理について言えば、下茹でしないのもまだ許容範囲だ。
きちんと制御できれば、野生的な味が出る。
だが、スープが血生臭いのはだめだ。
血生臭い理由は単純だ。そもそも乳化すらまともにできていないからだ。
乳化させる技術がないなら、ちゃんと骨を下茹でするべきだ。
それに家系を真似して、営業中にガラをどんどん追加しているが、寸胴の温度が低すぎて雑味が出まくっている。
その結果、スープがやたら赤くなる。
スープは酷すぎて、一口しか飲めなかった。
一方で麺は家系と同じ中太麺だが、特有の加工がされていないため、ただスープを吸いにくいだけだ。
とはいえ、麺についてはまだ救いがある。既製品なので品質だけは安定している。
「でも、あのスープはちょっとキツかったな……」
呟いた俺に遥香ちゃんも一言。
「お客さんがあれを家系だと誤解しないといいんだけどね」
しかも店主が俺の顔をずっと見つめてきて、落ち着いて食べられなかった。
……まぁ、それはメディアに出まくってる俺の責任だけど。
それでも、本格家系を謳う話題性もあってか、客は数人入っていた。
ただ、味の話とは別に、あの店には大きな問題がある。
他人事じゃないけど、と前置きしてから俺は口にした。
「あの匂いはまずいかなぁ。確実に近所トラブルになるよ」
「豚骨の匂いに慣れてる私でも、きつかったかも」
俺たちがラーメンを食べに行ったのは中崎町。
東梅田駅から一駅の、人口密集地にある商店街だ。
そんな人口密集地で、店の前を通るだけで強烈な豚骨臭が漂ってくる。
通行人は鼻をつまみながら、小走りで通り過ぎていく。
苦情が殺到していてもおかしくない。
近くには大規模な入院病棟を持つ病院もある。
排煙の工夫をしているようにも見えず、ダクトの周りは油でギトギトだった。
せめて油だけでも、フィルターで除去しないといけない。
それだけでだいぶ違う。
「あの店は長くは持たないと思うな」
形だけ真似すればいい、というものでもない。
ラーメン、特に豚骨スープは奥が深い。
話しているうちに、ちょうどテレビで梅田のグルメ特集が始まった。
おしゃれなイタリアンの特集だ。
令和では消えてしまった名店ばかりだ。
見ているうちに、行ってみたくなってきた。
実は俺は、イタリアンもけっこう好きだったりする。
テレビを見ていて、ふと思い出したことがある。午前の取材の件だ。
ローカル番組への出演は増えてきたが、あそこまで大物が出演する番組は初めてだった。
放送が今から待ちきれない。
「朝のディレクターさん、収録の放送日はいつって言ってたっけ?」
「年明けの一月の中旬って聞いてるよ。お正月番組の関係で編成が変わるから遅れるんだって」
放送は一月の中旬か。
つまり来月になるのか。
そう考えながらテレビに目をやり、俺はつぶやいた。
「それじゃあ、今日の収録は放送されないかもしれないなぁ」
「え……?」
とっさに、俺の視線を追う遥香ちゃん。
事務所に置いてあるアナログテレビには、目立つテロップが出ていた。
『天皇陛下、本日のご容態 体温34.6度 血圧60』
テレビでは、今上天皇――後に昭和天皇という追号で呼ばれることになる陛下の厳しい容態が伝えられていた。
九月にお倒れになってから、テレビではその容態がテロップで流されることが恒常化している。
一時は持ち直していたが、かなり現在の容態は厳しい。
国民はテレビに映る陛下の容態に一喜一憂していた。
「陛下がお隠れになられたら、
テレビの番組表なんてめちゃくちゃなことになると思うよ」
収縮期血圧が60はかなり危険だ。
一般的には危篤と言ってもいいほどだ。
医師たちは必死に輸血を行い、延命処置を続けていた。
陛下の病気は重度の膵臓癌だと報じられている。
延命処置を続けても厳しいと見られている。
俺は来年の一月の初旬に昭和が終わることを知っている。
陛下がお隠れになれば、社会の大半が止まると言ってもいい。
少なくとも、生活に必須でないグルメ番組などは放送できないだろう。
昭和というのは、国民がまだ陛下の臣民だった頃でもある。
この時代の国民にとって今上陛下は特別だった。
陛下は、戦時中は無謀な戦争の御旗とされ、戦後は復興のシンボルとなった。
耐え難きを共に耐え、若者たちは天皇陛下万歳と叫びながら玉砕していった。
昭和、『灼熱の時代』が終わろうとしていた。
やがて時代は静かに切り替わる。
次に来るのは、激動の『平成』だ。




