第18話 クイズ王に俺はなる!
店主の熱い視線を感じながら麺を啜る。
加水率は35%といったところだな。
令和基準だとかなりの高加水で、つけ麺に使われていてもおかしくないほど、スープを吸わない麺だ。
「この麺、加水率高くて、モチモチしてるね」
遥香ちゃんがまた、マニア丸出しの発言をしている。一般人は「加水率」なんて言葉はまず知らない。
スープにあまり合っていない高加水の麺だ。
だが、俺には使っている理由がわかった。
実は今では信じられないが、この時代のラーメン屋では、麺が隔日配送ということも多かった。
だからこそ、保存のきく高加水麺を好んで使う傾向があった。
低加水の麺だと水分が抜けやすく、すぐにダメになってしまうからな。
それに、ここはうどん文化の大阪だ。モチモチして喉越しがよく、しかも保存性も高い高加水麺は、うってつけというわけだ。
「強力粉が少し配合されていると思うな。かんすいが多いから、少し黄色いのが特徴だね」
どうかな?という顔で俺を見つめてくる遥香ちゃん。
スープの素材当てクイズで負けた遥香ちゃんは、麺で挽回したいらしい。
なかなか見る目がある。全て正解だ。
だが、素材当てバトルなら、こっちも負けないぞ。
「この麺は中畑製麺の18番。強力粉は10%、かんすいは1.2%。保存性が良くて伸びにくいのが特徴だね。あと安い」
横に立っている店主の肩が、わずかに震えた。
正解っぽいな。
「あとこれは、今日の朝に配送された分で、少し水気が多め。
だから、茹で時間も意識的に少し長くしてるのかな。1分45秒くらいかな」
遥香ちゃんはポカーンと俺を見つめている。
ふふふ、この俺に素材当てクイズで挑むなんて50年早いな。
「この店に、製麺所が分かる容器はなかったと思うんだけど、なんで分かるの?」
「まぁ、縮れ具合で分かるからね。製麺機によって結構変わるんだよ」
この辺りに配送している製麺業者は、だいたい三か所しかない。だから特定も難しくない。
「敦史くん、今すぐにでもラーメン評論家を名乗れるんじゃない?」
俺はラーメン評論家のことを、素材当てクイズが大好きな連中だと、普段から小馬鹿にしている。
だが実は、素材当てクイズは俺も結構得意だったりする。
評論家向けに作られたラーメンを毛嫌いしている俺が、それを楽しめてしまうという矛盾。
俺は常に、一般人が欲しがっているものを追求したい。
だが同時に、素材そのものも味わいたい。
そんな矛盾を抱えながら、いつもラーメンを食べている。
食べ終えて、改めてスープを啜る。
俺の作っている濃厚なものに比べると、かなり飲みやすい。
このスープは、飲み干すところまで計算して作られている。
食後に水を一口飲んだところで、遥香ちゃんが確信を突く質問をしてきた。
「敦史くん的には、このラーメンの評価はどうなの?」
隣で店主がじっと見ている状況では、あまりにも答えづらい。
「基本はできている。遥香ちゃんがオススメするのは分かるよ」
まずは褒める。
ラーメンの出来自体は、決して悪くはない。
ちゃんと修行した店主の仕事だ。
丼もきちんと温めているし、湯切りも素晴らしい。
基本ができている。それだけで十分評価に値するラーメンだ。
「でもこのスープ、多分ベースが元々、薄味なんだよね。無理に拡張しすぎている」
この店のスープのレシピは、元々は薄味用だ。
修行元の店は、もっと薄味だったのだろうと推測できる。
だが、この店の立地では塩辛い味が好まれる。
そこで黒胡椒や魚醤で工夫して補っている。
とはいえ、元の設計から見ると、この変更はかなりギリギリだ。
半分、バランスが崩れかけているスープ設計とも言える。
魚醤が悪いわけじゃない。
これを入れると後味が丸くなる、しっかりした塩気も出る。
うちのスープにも、実はそれなりの量の魚醤を入れている。
ちなみに家系の総本山と呼ばれる店では、東南アジアで使われる魚醤、『ナンプラー』が隠し味で入っている。
門外不出の秘伝のはずだが、創業者が雑誌のインタビューで間違えて喋ってしまったせいで、令和では公然の秘密となっている。
『門外不出の秘伝』とは?という感じだ。
話が少し逸れたが、このスープに隠し味として入っている魚醤は素晴らしい素材だ。
だが、この薄味のベースには合っていない。
「スープのベースを変えることなく、小手先だけで客層に合わせに行ったラーメンって感じだね」
立地の選択を間違えている。
客層を読み切れていないから、こんなガラパゴス進化したラーメンを生み出してしまっているのだ。
きっとこの店主は、ラーメンの味には強くこだわってきたんだろう。
これだけ魔改造してもなんとかスープのバランスが成立しているのだから。
並大抵の努力ではないはずだ。
だからこそ残念なのだ。
この『背脂ラーメン』が。
大量の背脂が、ギリギリ成立していたラーメンをぶち壊してしまっている。
「大量の背脂で煮干しの味を殺しちゃってるのが残念だなぁ」
確かに、この店の人気ナンバーワンは背脂ラーメンなんだろう。
だが、それがこの店で一番美味しいことを意味しない。
美味しいものが売れるとは限らない。
結局、ラーメンというのは需要と供給なのだ。
このスープは繊細すぎる。背脂をここまで入れるなら、土台を大改造しないといけなかった。
「東京で数年前に流行った背脂チャッチャ系を意識してるんだろうけどね」
背脂チャッチャ系は70〜80年代、東京のラーメン文化の発信地、環七で流行ったラーメンだ。
この時代の東京では、すでに時代遅れになっている。
大阪では、あまり知られていない分野。
きっと店主は勉強熱心なんだろうな。
まぁ、色々言ってきたが一言。
「まぁ、売れているなら、これでいいんじゃないの?」
と締める俺。
どうせ一般の客は、スープの哲学なんて分からない。
「なんかこのラーメン不味いな」と思うだけだ。
港湾労働者にとっては、味よりも安さ、そして塩分と脂の摂取が重要なんだろう。
麺については何も触れなかった。スープにまったく合っていない。
俺は正直、『論ずるに値しない』と思った。
逆に言えば、スープは評価に値するレベルだ。
これだけバランスが崩れていても、良い出来だと思えた。
俺の言葉を聞いたあと、店主はうつむいたまま微かに肩を震わせていた。その姿がやけに印象に残った。
完全に動きが止まってしまった店主の代わりに、店員に勘定を頼む。
会計を済ませると、消え入りそうな声で見送られた。
「ありがとうございましたー」
軽トラの運転席に乗った瞬間、店の中から椅子を蹴る音と、何かが割れる音が聞こえてきた。
遥香ちゃんと顔を見合わせる。
「遥香ちゃん。この店、次からは出禁かもしれないね」
「えー、気に入ってたのに。敦史くんの辛口評価のせいだからね」
君が煽るようにスープの評価をさせたんだろ。
まったくもう。俺は小さく首を振りながら、軽トラを走り出させた。
ちなみに、遥香ちゃんが次の週に変装して偵察したら、背脂ラーメンはメニューから消えていたらしい。
味は別として、あれはあれでニーズはあったと思うんだけど、プライドが許さなかったんだろうな。
そういう店は伸びると思う。
その前に、客がいなさすぎて潰れるかもしれないけど。




