第17話 素材当てクイズ
今日はオフィスで、書類を広げてサイドメニューの開発を進めていた。
利益を出すなら、やはりサイドメニューが一番だ。
例えば、50円で仕入れたチルドの餃子6個が300円で売れる。こういう商品は利益率が高い。
いくつかの業者から見積もりはもらっている。
朝からずっと、その見積もり条件を比較している。
唸っている俺の様子を見て、隣の席の遥香ちゃんが話しかけてきた。
「そろそろお昼だし、ご飯食べに行かない?」
時計を見ると、すでに12時を回っている。
言われてみると、急に腹が減ってきた気がする。
「そうしよっか」
二階のオフィスから下に降りると、母が長い行列を一人で必死に捌いていた。
この店は、会社の利益確保のために前より少し値上げしたが、それでも行列は絶えない。
さすがに、ここに割り込んで飯を食うのは気が引ける……。
厨房でラーメンを勝手に作って二階で食べてもいいが、自分のラーメンは、さすがにもう食べ飽きているんだよなぁ。
悩んでいる俺の様子を見て、遥香ちゃんが敵情視察を提案してきた。
「ちょっと離れるけど、おすすめのラーメン屋さんがあるんだけど、一緒に行かない?」
確かにそれもいいかもしれない。
ラーメンマニアを自負している俺だが、最近はまったく食べ歩いていない。
ラーメン屋は常に開拓していかないといけない業界だ。
特に、近所のライバル店となればなおさらだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
軽トラを走らせて十分ほどの場所に、遥香ちゃんおすすめのラーメン店があった。
場所は貨物ターミナル近く、トラックの行き交うメイン通り沿いだ。
広い駐車場で、トラックが何台も止まれるようにしているんだろう。
その割には、車はほとんど止まっていなかった。
怪訝そうに駐車場を眺める俺に、店をフォローするように遥香ちゃんが言った。
「ウチが開業するまでは結構お客さん多かったんだけどね」
あぁ、なるほど。
ウチが繁盛すれば、その分割りを食う店が出る。
残念ながら、それは仕方がない。
店に入ると、店内に客は一人もいなかった。
店主と店員は入ってきた俺達を見て、一瞬、動きが止まった。
その後、小さな声で何か話し合い始めた。
どうやら俺の顔が割れているらしい。
顔が割れていてもおかしくない理由はある。
最近はラーメン雑誌の取材を何件も受けている。
原価率四割の頭のおかしい行列店の店主として、俺は大阪のラーメン業界ではそれなりに名が通り始めていた。
「いらっしゃませ……」
小さな声で挨拶される。
どうやら入店拒否まではされないらしい。
腹が減っていたから助かる。
「空いてるし、テーブル席にしようよ」
遥香ちゃんに導かれるまま、テーブルに座ってメニューを眺める。
メニューを見る限り、この店は醤油ラーメン一本勝負らしい。
この当時、複数のスープを選べる店は基本的になかった。
醤油ラーメンの店ならそれしかないし、味噌なら味噌だけ、豚骨なら豚骨だけだ。
メニューは400円のラーメンと、480円の背脂ラーメンだ。
背脂ラーメンには『売上 No1』との小さな吹き出しがついている。
「じゃあ、俺は人気ナンバーワンの背脂ラーメンを頼もっと」
「私は普通のラーメンにしようかな」
店員に手をあげてそれぞれ注文する。
注文を終えたあと、俺たちは厨房設備の話を小声でしていた。
同業者がどんな道具を使っているのかは、俺にとっては非常に興味深い。
俺たちの会話に聞き耳を立てているのか、注文を取った後の店員がずっとテーブル席を布で拭いている。
いくらなんでも、同じテーブルを拭きすぎだと思う。
もうそれ以上、そのテーブルは綺麗にはならないと思うぞ。
客は俺たちしかいない。だから待たされることもなく、十分ほどでラーメンが運ばれてきた。
「ヘイッ、お待ち」
店主自らが、気合の入った声と共にテーブルにラーメンを置いてくれる。
本来それを運ぶはずの店員は、近くのテーブルを拭き続けているからな。
店主は持ち場に帰らず、カウンターを拭く作業に入り始めた。
客がいないとはいえ、店員全員がテーブル清掃ばかりしているって、どんなコンセプトの店なんだろうか。
そこまで聞き耳を立てたいなら、いっそラーメンを評論してやるか、と内心でつぶやく。
まずはスープを一口。
「なるほど……」
スープを最初に一口飲めば、ラーメンの設計思想はほぼ分かる。そう言っても過言ではない。
少し塩味を強めに立てた設計だ。
ここは港湾地帯で、客は肉体労働者が多い。
妥当なスープだろう。
同じように一口啜った遥香ちゃんが一言。
「鶏の濃口醤油の清湯系のスープだね。煮干しが効いてていい感じ」
やっぱこの人、ラーメンマニアなんだよなぁ。
前からそう疑っているが、本人に聞き出そうとしても毎回はぐらかされる。
マニアの証拠としては、清湯なんて言葉を普通に使う点が挙げられる。
ちなみに清湯とは、乳化させてない透き通ったスープの総称だ。
一般人はそんな言葉を使わない。
ドヤ顔で俺を見てくる遥香ちゃん。
どうやら俺に素材当てクイズの勝負を挑んできたらしい。
それに対抗するように俺もスープの感想を述べる。
「かなり贅沢に煮干しで出汁を取ってるね。
煮干しは40Lのスープに400gくらいかな。
隠し味に1デシリットルほどの魚醤も入っていると思う。
あと多分、カエシに黒胡椒入れてるね。」
ガタン、とカウンターから何かが倒れる大きな音がした。
振り返ると、店長が目を見開き、信じられないものを見るような表情で俺をじっと見つめている。
遥香ちゃんも驚きを隠せないようだ。
「なんで、一口飲んだだけで隠し味までわかるの……?」
「まぁ、俺も一応プロだからね」
遥香ちゃんは、俺の推理に少し引いている様子だった。
素材当てクイズは、店主の反応を見る限り俺の勝ちでいいだろう。
一通りスープの話をしたあとで、俺たちは麺を啜った。
その様子を、店主が真横に立って、じっと見つめている。
もう、話を聞いていることを隠す気すらないらしい。
注目されると食べにくいな……。




