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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳ぱんだ


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14/20

第14話 忙しDays

 開店から八日目の木曜日。

 俺は二日間の休日を終えて出勤してきた。

 とはいえ、麺の試作をしていたから、実感としてはあまり休んでいない。


 ケンジくんが仕上げているスープを横で監修していると、ホール担当のバイトが駆け込んできた。

 開店三十分前だ。

 うちは着替えや準備の時間にも時給を出す方針なので、少し早めに来てもらっている。


「火神さん! 表がとんでもないことになってますよ」


「そうなの?」


 言われて店を出て、表を見渡す。

 店の前から無秩序に伸びた行列が、道の半分を塞いでいた。

 車が迷惑そうにクラクションを鳴らしながら通っていく。

 並んでいるのは、五十人はいるだろうか。

 路駐している車も、何台かありそうだ。


 なんだこれは。

 だが、原因を考えるより先に体が動いた。


「やべっ、クレームが入っちまう」


 急いで店に戻り、バイト達に行列の制御を依頼する。

 想定はしていたが、ここまでとは思っていなかった。

 計画も立て、何度も練習してきたことだ。


 都市部のラーメン屋にとって、行列対策は非常に重要だ。

 大切なのは、きちんと制御しているという姿勢を、周囲に理解してもらうこと。


 カラーコーンを出し、広がりすぎないようにする。

 折り返しを作り、立ち位置を指定する。

 この辺りは、事前に自治会や警察とも協議済みだ。


「カラーコーン出して。折り返し地点も作って」


 五十人規模なら、まだ何とかなる。

 カラーコーンには、おおよその待ち時間も書いてある。

 五十人なら、客席が二回転半。開店から三十分ほどの待ちだ。


 三十分待ちが確定している行列なら、多少は人数が減るかと思ったが、離脱者は出なかった。


「じゃあ、開店しましょうか。今日からが本番ですね」


 そして、営業が始まった。


「行列の前の方から、先に注文聞いといて」

「万札の両替入りまーす」

「五番さん、味玉トッピング入ってないって言ってます」

「火神さん、警官が来てて、行列と路駐の件で話したいって」

「やばい、スープ切れるから、行列止めなきゃ」


 トラブル続出だ。

 何度も練習したオペレーションは、思うようには回らない。

 行列の時点で食券を買ってもらっているのに、なぜか提供までが遅い。

 回転を、もう少し上げたい。


 交番の駐在さんも、なぜか見物に来ている。

 暇なのだろうか。

 ついでに、路駐の切符を何枚か切ってもらった。


 俺と雑談しに来た近所のおっちゃんも、行列を見てぎょっとした顔をして帰っていった。


 スープは百人分しか用意していなかったため、予定より三時間早く店を閉めることになった。


 何で、いきなりこんなことになったんだ。

 その答えを知ったのは、翌朝だった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「定休日前に、芸能人が来てたのか……」


 関西の芸能界ではそこそこ有名な人物が、プライベートで立ち寄ったらしい。

 それを夜のラジオで話したらしく、一気に人が押し寄せたのだという。


 行列ができた翌日。

 スープをかき混ぜているケンジくんを眺めていると、声をかけられた。


「昨日みたいにあんだけ忙しいと、七百円っていう破格の時給も納得っすね」


 うちは時給をかなり高めに設定している。

 バイトの質は、時給で決まる。


 大阪の最低賃金は四百五十円。

 基本は六時間営業を五人で回す。

 毎日、二万円は人件費がかかる計算だ。

 一日四十杯売らないと、人件費すら回収できない。


 だが、その分バイトの士気は高い。

 挨拶はきちんとしているし、客への対応も丁寧だ。


「おっ、そろそろ行列ができ始めてるな」


 開店まで、まだ一時間もある。

 気の早い話だ。

 それでも、腕が鳴る。


 俺はカラーコーンを取り出し、行列整理を始めた。


 開店時間になると、一気に客がなだれ込んでくる。

 昨日よりも、店員の動きは明らかにこなれている。

 俺がフォローに入る場面もほとんどなく、全体を眺める余裕があった。


 フロア担当の仕事ぶりを見る。

 まず、行列先頭のグループの人数を聞き、食券を買ってもらう。

 それを回収し、好みを確認する。

 食券は事前に預かっているため、客が席に着く頃には、すでに麺が茹で始められている。

 提供はかなり早い。


「三名様ですか。うちはテーブルがないので、二名と一名に分かれてもらっていいですか?」


 グループ客は、基本的に二名ずつに分かれてもらう。

 二人並びで座れる席を、常にいくつか確保しておかないといけない。


 まだ開店して一週間余り。

 この店に慣れた客はいない。

 券売機に戸惑う客が多く、補助が必要になる。


 俺は視線をカウンターに移した。

 多くの客は、黄金色のスープを前に一瞬だけ動きを止める。

 そして、麺を一口すする瞬間。

 油膜に塞がれていた湯気が、ぶわっと香りを放つ。

 客はそれを気にした様子もなく、微かに表情を変えながら、必死に麺を啜る。


 何も言わなくても、俺には分かった。

 その表情は、『美味い……』とはっきり語っていた。


 そうだ。

 俺は、この顔を見たかったんだ。

 親父のように、ラーメンで客を喜ばせたかった。


 この頃の一般的なラーメンには、奥ゆかしさがあった。

 ベーススープの中から、繊細な旨みを探し出す作業。

 ラーメンを評論する行為は、素材を当てるクイズ大会のような楽しみ方だった。


 味噌ラーメンのように、全面的に旨みを出すタイプは、評論家達に馬鹿にされた。

 味噌という調味料は美味すぎる。

 繊細な旨みを、すべて押し潰してしまうからだ。


 彼らは、こう言う。


『味噌は単純なラーメン。味噌が美味いだけで、誰が作っても同じだ』


 でも、俺は思っていた。

 単純で何が悪い。美味ければいいじゃないか、と。


 俺は昔から、評論家の方だけを向いたラーメンが大嫌いだった。


 正直なところ、一般の人は繊細な旨みなんて分からない。

 だが、鶏油、鶏、豚骨。

 この旨みの三段ノックアウトに、気づけない人間はいない。


 層になっているから、食べるたびに味が変わる。

 舌は混乱し、脳に衝撃が走る。


 俺は別に、豚骨醤油だけに拘るつもりはない。

 だが、これがこの時代の人にとって、一番分かりやすいと思った。

 これが、令和のラーメンだ。

 『美味い』、ただそれだけを追求したラーメン。


 俺は、お客さんに人類がたどり着いた一つの答えを、味わってほしかった。


 誰も喋らない。

 客達は目の前の丼に意識を奪われている。

 静まり返った店内に、ただ麺を啜る音だけが響く。


 ――ああ。

 俺は、親父の意思をちゃんと継げたんだな。


 そう思えて、胸の奥が少しだけ熱くなった。

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― 新着の感想 ―
ラーメンな話しを読むと、ラーメンを造るのが上手かったおばさん思い出す。小学生で、美味い、美味いは覚えてるんだが、味は思い出せない。醤油ラーメンなんだがなあ。おばさん宗教はまって、親戚付き合い無くなって…
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