781.最後の進化
ラプラスの〚異界送り〛に包まれた俺は、気付けば砂漠の中央に立っていた。
なんだよ、ここは……ハレナエ砂漠か?
ここに送ったってことは、フォーレンの中心部がこの遥か地下にあるのかもしれねぇ。
残りの時間はもうない。
ラプラスは後三分だと言っていた。
俺は足を踏ん張って地面を蹴り、垂直に大空へと飛び上がった。
『しかし、地下って、どンくれェ地下なンだよ。位置も不確かなまま大丈夫なのか?』
相方が悪態を吐く。
『……大丈夫だ。〚ワームホール〛は転移先の空間がイメージできる。〚ワームホール〛の仕様では、空間移動の距離は本体の全長に比例する。世界竜に進化すりゃ、世界のどこにでも転移できるようになるはずだ。そうなったら、フォーレンの居場所も座標で掴めるはずだ』
『そうか、便利だな。んで、相方、覚悟はできてんのか?』
相方の言葉に、俺は微かに頷いた。
『……ああ、できてるよ。今振り返ったらだけどよ、俺はこの世界に来て、本当に楽しかった。心からそう言えるぜ。いっつも変わった賑やかな奴らと、世界中旅して新しい地を巡ってよ。どこいっても発見に尽きなかった。そりゃよ、辛いこともいっぱいあったが……とにかく濃い毎日だったんだ。もしこの先百年生きたって、あんな想い出はできねぇだろうさ。だからよ、これまで会った仲間達……見てきた世界を守って死ぬんだと思ったら、不思議と怖くねえんだ』
するすると、自然に言葉が出てきた。
自分の奥底から溢れてきた言葉のようだった。
どんどん俺達の高度が上がっていく。
足許を見れば、遥か下に砂漠の国ハレナエの国が見える。
距離が開きすぎて、俺の爪先くらいの大きさになっていた。
『ウソだな』
俺の言葉を、相方は鼻で笑い、バッサリと切り捨てた。
別に嘘だったつもりもなかったから不意を突かれたし、正直ちょっとムッとした。
なんだよ、人が気分よく死のうってしてるところによ。
『いや、俺は本当に……』
『死ぬのは超怖ェだろ。オマエの覚悟に水差すつもりはねぇけど、これで最期なんだ。本心ぶちまけた方がスッキリするもんだぜ』
『んなこと言われても、アイノスとの戦いに出向く前から覚悟してたことで……』
俺はちらりと下を見る。
広大な砂漠も、この高度となっては水溜まりくらいにしか見えなかった。
その先には草原が続いていたり、大海が広がっていたり、川から森に繋がっていたり。
俺がこれまで見てきた、冒険してきた世界だった。
テュポーンの目はよく見えやがる。
既に米粒くらいの大きさだったが、隣の国であるアーデジアの王都も、なんとなくあそこだな、というのが見えてきた。
あそこには、アロやミリア達が俺の帰りを待っている。
神の声……アイノスをぶっ倒し、世界を救って戻ってくると、そう信じている。
不意に目頭の奥から、ジワリと涙が浮かんできた。
『…………もう一度……皆と話がしてえ。もっと、皆と一緒に過ごしたかった。なんだよ……チクショウ、アイノスの奴ぶっ倒したら、皆で平穏に暮らせるはずだって、そう信じて頑張ってたのによ。バカみてぇじゃねぇか。皆俺が戻ってくるって信じてて……ちゃんと別れも済ませてねぇのにさ』
どんどん俺の心の奥から、無意識の内に押し隠していた想いが溢れてくる。
人間になんてなれなくたっていい。
これまで必死に足掻きながら紡いできた皆との縁、そっちの方が遥かに大事だって、そう改めて気付けたばかりだったってのに。
『だよな。すっぱり何の後悔もなく別れができるなんて、そっちのがずっと寂しいと思うぜ。でもよ、こうもオレは思うんだ。心から別れを惜しめるヤツらがいるなら、それは幸せなことなンじゃねェかってよ』
心から別れを惜しめる奴らがいるなら、それは幸せなこと……か。
確かに、その通りなのかもしれねぇ。
『オイ相方、テメェ、何笑ってやがる』
『いや、昔は食って寝るしか頭になかったお前も、色々考えるようになったんだなってよ』
『茶化してくれンじゃねえよ。こっぱずかしい、余計なこと言うンじゃなかったぜ。オレだって、ちっとは色々考えるときだってある。何せ、既に一回命落としてる身なンだからよ』
……ああ、そうだ。
相方は俺のために身代わりになって、王都アルバンの外れの海で、ルインと相打ちになって命を落としている。
そこからずっとあの世みてぇな場所で待ち続けてたんから、そら生や死についてだって、人よりは考えるよな。
『相方……そろそろだぜ』
俺は相方から促され、無言で頷いた。
そろそろ世界竜に進化しなくちゃならねぇ。
だが、そうしたら、相方の魂は俺の中で眠りにつくことになる。
俺は目を閉じて念じる。
俺は……〚世界竜アクパーラ〛に進化する!
決意した瞬間、俺の肉体が、芯から一気に加熱された。
ドロドロに溶かされて、中身が作り変えられていく。
正真正銘、これが本当に最後の進化だ。
『そんじゃ……オレは、先に眠るからよ。じゃあな、相棒。最期までいてやれなくて悪かったな』
燃えるような高熱の中、相方の輪郭が崩れていく。
俺はその姿を見て、ああ、本当に相方は今度こそ消えるし、俺もこの後フォーレンと相打ちになって死ぬのだと、どこか非現実的で遠い未来のように感じていた話に、ようやく実感を抱き始めた。
『相方……俺、隣に出てきてくれたのがお前でよ、本当に良かったと思ってる。アイノスにやられて心が折れちまって……もう駄目だってときに夢みてぇな世界でお前が出てきてくれてさ、心の底から嬉しかった』
生気を失っていた相方の瞳に、微かに感情の色が戻った。
『一緒に戦ってるときとか、飯食ってるときとか、身体の主導権廻ってしょうもねえ争いしてるときとか、思い返したら、どの時間も最高に楽しくて……俺にとって、本当に大事な時間だったんだって、今になって思うんだ』
『相……方ァ』
もう喋れないかと思っていた相方から、弱々しい〚念話〛が届いてきた。
『オレも……同じように、考えてたぜ』
ぐにゃりと溶けていく相方の顔が、確かに笑ったのを俺は感じた。
その言葉を最後に、すぐに相方は光の粒子へと変わり、俺の身体に吸収されていく。
【特性スキル〖双頭:Lv--〗を失いました。】
【特性スキル〖精神分裂:Lv--〗を失いました。】
【特性スキル〖意思疎通:Lv3〗を失いました。】
【特性スキル〖支配者の魔眼:Lv1〗を失いました。】
相方のスキルが、一つずつ消えていった。
そしてそれから、俺の身体が一気に膨張する。
何倍、何十倍なんてもんじゃなかった。
あっという間に大陸に並ぶほどの大きさまで膨れ上がり、俺の身体が大空を覆い尽くしていく。
そして俺の身体が際限なく膨らむのと同じように、俺の肉体がどんどん硬質化していっていることがわかった。
【〖世界竜アクパーラ:ランクG(神話級)〗】
【世界を支えているとされる、伝承の竜。】
【巨大な岩塊のような姿をしている。】
【この世界の森羅万象の全てに勝る、想像もできない程に巨大な体躯を有する。】
ついに俺は〚世界竜アクパーラ〛へと進化した。
それじゃあ早速、使わせてもらうとしようか。
俺は魔法陣を展開すると、ゆっくりと目を瞑った。
【通常スキル〖ワームホール〗】
【空間を捻じ曲げて別の場所と繋げ、物理的な距離を無視した瞬間移動を行うことができる。】
【射程範囲はスキル使用者の全長に比例し、最大で十倍までの範囲を移動できる。】
【MPの消耗量は激しく、発動するまでにやや時間が掛かるため使い所が難しい。】
移動先は……遥か地下だ。
意識を向ければ、世界のどこでも見れるような気がした。
射程範囲が使用者の大きさに比例するため、この世界一大きい世界竜の姿ならば、どこへでも空間移動できるということだろう。
俺が目指すのは、地面をずっと抜けていった遥か先だ。
俺の意識が地面の遥か下へと向き、その内に俺と同等レベルの巨大な化け物の存在を捉えた。
コイツがアイノスの妄執が産み落とした化け物、邪神フォーレンだ。
〚ワームホール〛で飛べば、世界に被害を出すことなく邪神フォーレンを葬ることができる。
しかし、それをやったが最後、俺も世界に押し潰されて命を落とすことになる。
俺は〚ワームホール〛の空間移動先の座標を確認できる能力を応用して、世界の色々な場所を見てみることにした。
世界の危機に悠長なことだが、俺にとってはこれが最後なんだ。
それくらいの我が儘は許してもらわねぇと困る。
最初に、俺がドラゴンの卵として生まれ落ちた森の方を見た。
初めてミリアに出会った場所だ。
ミリアとはリトルロックドラゴンの騒動以来、誤解が生じて擦れ違ったままだったが、ほんの短い時間とはいえ、最後に王都アルバンで本心での話ができてよかった。
森で孤独に暮らす俺の生活に、まず明かりを灯してくれたのは黒蜥蜴だった。
そして干し肉泥棒の猩々達と出会い、一気に賑やかになったんだっけか。
次に、俺が飛び立った場所でもある、ハレナエ砂漠と目を向けた。
ここにも忘れられない想い出と出会いたくさん詰まっている。
ハレナエ砂漠では玉兎と、そして奴隷だった兎獣人のニーナ、ハレナエの騎士団長アドフ、そしてウロボロスの双頭の片割れの相方。
玉兎とニーナと釣りをしたときのことを、今でも鮮明に覚えている。
本当は俺が素手で取った方が早かったんだが、んな野暮なことをせず、張り切っているニーナを見守っていた。
俺が次に意識を向けたのは、アロとトレント、アトラナートの故郷であるリトヴェアル族の集落だ。
周辺には、奇怪な不快虫アビスの姿もある。
竜神様って祭り上げられたっけ。
いつも化け物扱いから入ってたっていうか、第一印象から好かれたことがほとんどなかったから、すっげー嬉しかったんだよな。
竜神の巫女のベラとは、いつかまたリトヴェアル族の集落に訪れると、約束してたんだがな。
ついにその約束が果たされることはなかった。
アイツらは俺が死んでもずっと待っているだろうか。
悪いことしちまったな……ごめんな。
でも、俺の命に代えても、この世界は守ってみせるからよ。
次に俺は、最西の巨大樹島へと意識を向けた。
俺はここで、前魔王の側近であり、俺の父親でもあったエルディアと出会った。
ニンゲン嫌いで魔物至上主義のエルディアとはついに価値観が合うことはなかったが、それでも看取ってやることができて良かったと思っている。
立場や思想は決定的に対立していたが、不思議と俺は、あの誇り高い竜王を、嫌いになることができなかった。
その次に意識を向けたのは、王都アルバンだった。
近くのアルバン大鉱山で竜狩りヴォルクと、そしてマギアタイト爺と会った。
二度と会うことがねぇだろうと覚悟していたミリアと再会したのもこのアルバンだった。
初めてヴォルクを見たときは、おっかねぇ人間もいるもんだと思ったが、まさかあんときはこんな長い付き合いになるとは思いもしなかった。
そしてその次は、最東の異境地だ。
ミーアの配下ウムカヒメと出会った場所であり、俺とリリクシーラの決戦の地だ。
リリクシーラは世界中から人類最強格の戦力を搔き集め、俺の討伐へと当たった。
……そして俺に敗れ、アルヒスと共に命を落とすことになった。
あのときは俺を罠に掛けて相方の死の理由を作ったリリクシーラが憎くて仕方がなかったが、今となってはアイツの気持ちや立場もよくわかる。
俺やミーアがアイノスから受けた仕打ちを想えば、アイツもアイノスに利用され、他に選択肢がない状況へ追い込まれていたのだろう。
ンガイの森は残念ながら見ることができなかった。
この大地と地続きではなく、また少し別の場所にあるのだろう。
リーアルム聖国の大聖堂か、アイノスやラプラスの〚異界送り〛でしかいけない場所なのかもしれない。
だが、あの地の想い出もしっかりと覚えている。
あの未知の世界を、必死にアロとトレントと行ったり来たりして……そんで、前代の勇者である、ミーアと出会った。
ミーアは頼りになる奴で、少しおっかねえところもあったけれど、根は優しい奴だってことは、言動の節々から感じられた。
一緒に飯を食ってたときの、あのときの楽しげな顔が印象的だった。
できれば共にあの森を抜けたかったが、彼女は俺に力を託して、この世を去ることを選んだ。
……散々クソスキルだの馬鹿にして悪かったな、〚ワームホール〛さんよ。
今更だが、スキルは使い方次第だな。
お前は素晴らしい神スキルだったよ。
これから世界を救うスキルなのもそうだが、俺に最後に意識の想い出の地巡りをプレゼントしてくれたんだ。
これ以上のスキルはねぇだろう。
戻ることができなくってごめんな、皆。
俺もできることなら、戻って色々報告したかったよ。
相方が生きてたぜって、神の声……アイノスを倒すのにすっげぇ苦労したんだぜって、そんな話をしたかった。
これからはきっと時間も取れるからさ、できれば人里に接触していく策も、これまで以上に綿密に練ったりなんかしちまってさ。
…………ああ、もっと皆と、一緒に過ごしたかった。
何が虚飾の世界だよ、アイノス。
この世界しか経験してねぇお前にはわからなかったかもしれねぇが、ここは素晴らしい世界だったよ。
そのとき、シンと、空気が張り詰めたような、そういう不穏な感じがした。
なんとなく直感的に理解した。
ああ、アイノスの妄執の権化であるフォーレンが、ついに目覚めやがるんだなって。
悪いな、アイノス。
お前のとっておきの隠し玉の裏ボスは、俺があっさりリスキルさせてもらうぜ。
暴れられちゃ困るからよ。
俺は地下深くのフォーレンに座標を合わせ、〚ワームホール〛を発動した。
大空を覆い尽くしていた俺の巨躯が、地下深くで眠るフォーレンの座標に重ねられる。
世界のリセットボタンとして造られたフォーレンは、ただそれだけで、この世界から存在を削り取られることとなった。
そしてそれと同時に、この世界の大地の重みが、俺の前身へと圧し掛かった。
俺の身体が重圧に耐えかねて潰れていく。
自分の意識も、それと共に崩れ、薄れていくのがわかった。
みんな……俺と出会ってくれて、本当にありがとうな。
謝罪と後悔は散々してきた。
だから俺は最後に、皆へのお礼が言いたかった。
その想いを最後に、俺の思念は掠れて消えていった。




