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仮面舞踏会 (伸ばしたこの手は……)  作者: 那由他
三章 絵里加

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彼方へと続く道

舞台は生き物だから、毎日違っていて毎日おもしろい。だから連日通っていても毎日新しい発見がある。


ある舞台裏で、絵里加は以前紹介された金ちゃんという音響の子に会った。


「久しぶり! 金ちゃん!」

「…………」

「あれっ! 私のこと覚えてないの?」

「…………」

「やっぱり覚えてないんだ? 理恵子の友達の絵里加です。私って地味だからあんまり覚えてもらえないんだよね」

「…………」


何でこの人挙動不審なんだろうと絵里加は呑気に思った。


「私って単なるお手伝いスタッフだから、金ちゃんが覚えてなくても普通だと思うよ。何でそんなに焦ったの?」

「……良かったぁ」

「何が?」

「この業界は横の繋がりが大切なんだ。呼ばれた劇団員の名前と顔とか忘れるなんて致命傷になるんだ」

「???」

「次の公演に呼んでもらえないじゃん」


その金ちゃんの話を、理恵子との会話で唐突に絵里香は思い出した。


「あの主演の子可愛いね。演技力あるね」


ある日小さな舞台を理恵子と見に行った。50人ホールのとても小さなステージだけれど、主役の女の子がうまかった。


理恵子はいつもと打って変わって暗い口調で言った。


「あの子可哀想なんだ」

「えっ!?」


「主演をやるって事は、生きていくのがすごく苦しいことなんだよ」

「どうして?」


「定期的に舞台をすると普通に働けない。不定期のバイトだけになっちゃうんだ。食べてくだけで精一杯だよ」

「…うん」


「そして舞台の練習に入っちゃうと、役作りや台詞を覚えなきゃならない。通し稽古が長いから仕事も辞めなきゃいけない」

「……」


「それでもチケットのノルマはあるの」

「……」


「主役だったら30枚ぐらいからかな、小さな舞台ならね。大きければ大きいほどノルマは増えるよ」

「……」


「満足に働けないから、生活はカツカツ。でもチケットノルマがある。消化しなければいけない。来てもらいたいなら、まず見に行かなきゃならない。この業界では横の繋がりが大切なんだからね。もうただで配ってる人もいるぐらい。芝居をするってことはそれぐらい苦しいことなんだよ」

「……」


華やかな舞台の裏には、そんな生活苦があったんだ。


その苦しさの中で芝居をするのか?

舞台の魔力に囚われて。


(ラストの言葉に元気がない。いつもより表情が暗い)


その言葉を聞くと舞台がまるで違って見える。


理恵子の話は重かった。

明日のスターを夢見て、どんなにたくさんの人たちが泥の中を這いずっているのだろう?

ほとんどが一生浮かび上がれない。同じことが自分にできるか?


テレビ出演した話を聞いてから、絵里加は主役ではなく端役ばかりを見るようになった。


(この犯人の人、すごい力が入っている。やっともらった役なんだろうか。この人がもっとをこれからも役をもらえるといいな)


(あそこのスタッフも地味だけど役者だろうな。空虚に馴染んでる)


(あの死体の人も、やっぱりそうだよね。死者の表情って難しいよね)


そんな時のことだった。ある日友達と待ち合わせた原宿で絵里加はスカウトされた。


「私こういうプロダクションの者なんだけど、あなたオーディションを受けてみない?」

明るいチャキチャキし話し方をする女性に、絵里加は良い印象を持った。


「とても良いお話だと思うんですけれど、まだ学生ですから先ずは親と相談します。了解を得てからまた日を改めて、親と一緒にそちらの会社に伺います」

「電話を待っているわね」


その夜、絵里加は家族に舞台をやりたいという事と、スカウト件を相談してみた。


「お父さんお母さん。私、もっと本格的にお芝居をやってみたい」

「趣味なら今のままで十分じゃないの?」

「何が足りないんだ?」


「もっと大きな舞台で、もっとたくさんの人に来てもらって、スポットライトの中に出たい」

「だから芸能界に行きたいということか?」

「芸能界なんてお母さん心配だわ」

「お姉ちゃんやめなよ」


「しばらくでいい。夢を見たいの。どこまで出来るか、どこまで行けるかわからないけど行ってみたい。だから許して」


絵里加には白く遠い道が見えた。

曲がりくねり、所々闇に覆われている。


栄光か挫折か?


何処へ続くかわからない。


辿り着く先に何がある?


私はあの道を行こう。


あの未来を選ぼう。


そこがどこへ続こうとも。

間が空いてすみません。

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