彼方へと続く道
舞台は生き物だから、毎日違っていて毎日おもしろい。だから連日通っていても毎日新しい発見がある。
ある舞台裏で、絵里加は以前紹介された金ちゃんという音響の子に会った。
「久しぶり! 金ちゃん!」
「…………」
「あれっ! 私のこと覚えてないの?」
「…………」
「やっぱり覚えてないんだ? 理恵子の友達の絵里加です。私って地味だからあんまり覚えてもらえないんだよね」
「…………」
何でこの人挙動不審なんだろうと絵里加は呑気に思った。
「私って単なるお手伝いスタッフだから、金ちゃんが覚えてなくても普通だと思うよ。何でそんなに焦ったの?」
「……良かったぁ」
「何が?」
「この業界は横の繋がりが大切なんだ。呼ばれた劇団員の名前と顔とか忘れるなんて致命傷になるんだ」
「???」
「次の公演に呼んでもらえないじゃん」
その金ちゃんの話を、理恵子との会話で唐突に絵里香は思い出した。
「あの主演の子可愛いね。演技力あるね」
ある日小さな舞台を理恵子と見に行った。50人ホールのとても小さなステージだけれど、主役の女の子がうまかった。
理恵子はいつもと打って変わって暗い口調で言った。
「あの子可哀想なんだ」
「えっ!?」
「主演をやるって事は、生きていくのがすごく苦しいことなんだよ」
「どうして?」
「定期的に舞台をすると普通に働けない。不定期のバイトだけになっちゃうんだ。食べてくだけで精一杯だよ」
「…うん」
「そして舞台の練習に入っちゃうと、役作りや台詞を覚えなきゃならない。通し稽古が長いから仕事も辞めなきゃいけない」
「……」
「それでもチケットのノルマはあるの」
「……」
「主役だったら30枚ぐらいからかな、小さな舞台ならね。大きければ大きいほどノルマは増えるよ」
「……」
「満足に働けないから、生活はカツカツ。でもチケットノルマがある。消化しなければいけない。来てもらいたいなら、まず見に行かなきゃならない。この業界では横の繋がりが大切なんだからね。もうただで配ってる人もいるぐらい。芝居をするってことはそれぐらい苦しいことなんだよ」
「……」
華やかな舞台の裏には、そんな生活苦があったんだ。
その苦しさの中で芝居をするのか?
舞台の魔力に囚われて。
(ラストの言葉に元気がない。いつもより表情が暗い)
その言葉を聞くと舞台がまるで違って見える。
理恵子の話は重かった。
明日のスターを夢見て、どんなにたくさんの人たちが泥の中を這いずっているのだろう?
ほとんどが一生浮かび上がれない。同じことが自分にできるか?
テレビ出演した話を聞いてから、絵里加は主役ではなく端役ばかりを見るようになった。
(この犯人の人、すごい力が入っている。やっともらった役なんだろうか。この人がもっとをこれからも役をもらえるといいな)
(あそこのスタッフも地味だけど役者だろうな。空虚に馴染んでる)
(あの死体の人も、やっぱりそうだよね。死者の表情って難しいよね)
そんな時のことだった。ある日友達と待ち合わせた原宿で絵里加はスカウトされた。
「私こういうプロダクションの者なんだけど、あなたオーディションを受けてみない?」
明るいチャキチャキし話し方をする女性に、絵里加は良い印象を持った。
「とても良いお話だと思うんですけれど、まだ学生ですから先ずは親と相談します。了解を得てからまた日を改めて、親と一緒にそちらの会社に伺います」
「電話を待っているわね」
その夜、絵里加は家族に舞台をやりたいという事と、スカウト件を相談してみた。
「お父さんお母さん。私、もっと本格的にお芝居をやってみたい」
「趣味なら今のままで十分じゃないの?」
「何が足りないんだ?」
「もっと大きな舞台で、もっとたくさんの人に来てもらって、スポットライトの中に出たい」
「だから芸能界に行きたいということか?」
「芸能界なんてお母さん心配だわ」
「お姉ちゃんやめなよ」
「しばらくでいい。夢を見たいの。どこまで出来るか、どこまで行けるかわからないけど行ってみたい。だから許して」
絵里加には白く遠い道が見えた。
曲がりくねり、所々闇に覆われている。
栄光か挫折か?
何処へ続くかわからない。
辿り着く先に何がある?
私はあの道を行こう。
あの未来を選ぼう。
そこがどこへ続こうとも。
間が空いてすみません。




