核武装は安上がりって話はホントなの?
先週、有名歌手がネットに上げてこの話題が再燃している。
もとは参院選時にとある候補の発言がクローズアップされたものだが、これはとくに目新しい話ではない。20年近く前から言われている話で、時折その話題がネットに流れ出すに過ぎない。
さて、では核武装は安上がりなの?という話を掘り下げてみたいが、先に結論を言うと、数字は嘘をつかないが、ウソツキは数字を騙るって典型なのよ。
図らずも件の歌手の投稿は、それがよく分かる内容だった。
「核を持てば通常兵器を減らせるのだから安上がり」と言ってる。さらに、核武装に伴い通常戦力も2倍、3倍必要になるという引用先に対して「根拠がわからない」とも返信している。
まさに、ウソツキが騙る数字に騙された結果と言えるだろう。
この、核は安上がりの根拠はドコにあるかと言えば英仏の核関連予算に求める事が出来る。
英仏は核関連予算が1兆円程度、全体の防衛費が日本に近似している。
これを見て「ほら見ろ、10兆円以内で核武装可能じゃないか!安上がり!!」
そう言う主張がこの20年ほど行われている。
だが、これぞまさにウソツキの数字騙りそのもの。
確かに1兆円ほどで200発程度の核弾頭は持てるのだろう。
が、日本は英仏と同じ国防計画で良いのだろうか?
その点を誰も語ろうとはせず、耳に心地よい「核は安上がり」という言葉に多くの人が飛び付いてしまっている。
なぜウソなのか?
最近、イギリス軍の惨状が幾度も報じられている事は知っているだろうか。
曰く、イギリス軍は一隻の原潜が無寄港で半年以上の任務を強いられている。
曰く、イギリス軍は歴史上最低の戦力しか持ち得ていない。
つまり、10兆円程度でイギリス並の戦力しか持たないとなれば、日本の防衛は穴だらけ、隙だらけになる事を示している。
その事が「安上がり」論者には見えていない。
彼らは核さえあれば中国との間に戦争など起こらないと嘯く。
現実はどうか。
中国は1960年代からソ連と国境紛争を抱えていた。今もインドとの国境紛争を抱えている。
なぜ、核を持っているのに紛争を抱えているのだろうか?
直近で見れば、インドとパキスタンは国境紛争において総勢100機を超える大空戦を繰り広げている。
なぜ、核保有国同士でここまでの事態が起きるのか?
「核さえあれば戦争にならない」ならば、この様な事態は生じるハズがない。
そうした事から、ネット上には「核保有国は全面戦争には至らない!」と、斜めに構えた主張も見受けられるが、もはや答えになっていない。
全面戦争ではないならば、尖閣諸島や下手をしたら与那国島が戦場になっても「全面戦争ではないのだから」と強弁するつもりだろうか?
これでは核保有論者が嘲笑う9条平和論者と何が違うのかすら分からなくなってしまう。
そして、核で防げるのが全面戦争だけとなれば、核は安上がりになどならず、紛争に備えた通常戦力の強化が必須となるわけで、核を持ってもさらなる防衛力強化が必要ならば、「核を持てば通常戦力を減らせる」なんてウソという事になる。
この様に、安上がり論が稚拙で杜撰な論でしかない事は、少し軍事に興味を持てば理解できる話でしかないのだが、核保有論者にとっては、核保有こそが目的化しているので、そうした現実的な問題を見ようとすらしない。
まさしく、彼らが嘲笑う9条平和論と相似形をなしているのではなかろうか。
さて、そんな話はこのくらいにしよう。
先ほど言った様に、日本における核保有論とは、核保有を目的にしており、本来の目的が見失われている。
その結果、他国の核関連予算だけを見て「日本も安上がりに核が持てるじゃないか!」と簡単に結論に至るのだろう。
だが、これは手段が目的化したからであり、本来あるべき目的には合致しない空論に過ぎない。
では、日本が核を持つのはなぜか?
まずその目的が何かを知る必要がある。
まあ、これ自体は今の核保有論でも語られている「アメリカの核の傘が信用ならない」からなのだが、では、それを自前の核でやるにはどうすべきか?
目的とは「アメリカに頼らない抑止力の保有」という事になるだろう。
そこで手段として挙がるのが核保有となる。
しかし、ここから先に今の「核さえ持てば」には大きな欠落が存在している。
核を持つというのは単に核ミサイルやそれを搭載する潜水艦があれば良いのではない。
日本が核を持つ事でやって来るであろう中露の原潜に対処する方策も必要になる。
そう考えれば、日本の警戒、監視範囲は今の日本周辺から、北はカムチャツカ、南は南シナ海まで拡大する事になる。
具体的な話、日本には戦略ミサイル原潜は必ずしも必要とはならないと考えている。
弾道ミサイルを搭載する潜水艦は自国領域を遠く離れる事なく、他国潜水艦から妨害を受けない様に海空の哨戒範囲に留まるのが一般的だから。
なので、弾道ミサイル潜水艦は通常動力で良く、相模湾や伊豆諸島周辺で潜んで居れば良い。
ただ、それを探し出そうとやって来る中露の原潜に対処するには、遠くカムチャツカや海南島にある原潜基地まで監視、追跡に出向く必要がある。
こちらの役割は通常動力潜水艦では荷が重いのは明白で、攻撃型原潜に頼る事になるだろう。
さて、ここでまず見ておく必要があるのが英仏の潜水艦隻数になるが、弾道ミサイル原潜が4隻、攻撃型原潜が6隻という構成を基本としている。
どちらも概ね10隻程度。
では、それを念頭に日本に必要な攻撃型原潜の数を考察してみよう。
カムチャツカと南シナ海というのは真逆に存在しているのは、指摘するまでもない話だろう。
つまり、それぞれの監視や追跡に2隻程度配置する必要が出てくるという事。
1隻では相手の弾道ミサイル原潜を追跡する事しか出来なくなるので、複数配置が必要と考えられるからの数字になる。
さて、では何隻必要か?2隻?いやいやそんな訳にはいかない。
通常、艦船の配備は実戦配備、整備、休養、訓練の3〜4隻を1グループとする。
とくに原子炉整備などの長期整備が不可欠な原潜ならば4隻をグループと考えた方が良く、対原潜対処に8隻を必要とする。
もちろん、これでは終わらない。
日本は別に弾道ミサイル潜水艦は原潜である必要はないとは言ったが、その護衛艦まで通常動力で良いとは思わない。
太平洋に展開し、弾道ミサイル潜水艦の護衛や中露艦隊の監視などを行う攻撃型原潜グループも必要になるだろう。
つまり、攻撃型原潜は12隻必要という話になる。
いやいや、弾道ミサイル潜水艦が通常動力なんて有り得ないと言うなら、16隻の原潜を必要とする。
さらに、原潜の活動が難しい東シナ海やあまり距離を考えなくて良い日本海については、今と同じ通常動力潜水艦を配備する必要も出てくる。
米英仏が原潜しか保有していないのになぜかと疑問に思うだろうが、地形や距離を考えれば、中露と同じく適材適所で両方を必要とする。
米英仏が原潜しか持たないのは、NATO加盟国であり、ノルウェーやドイツ、ギリシャなどよりロシアに近い国が通常動力潜水艦によって海峡の監視を行うからと言う、当たり前の話になる。
こうして見ると潜水艦だけで20隻を超え、その半数が原潜と言う事になる訳だが、これは英仏と同じに見る事が出来るだろうか?
さらに水上艦艇についても、英仏は20隻前後しか有していない。
これもNATOによって他の加盟国が戦力を補完しているからだが、日本はそう言う訳にはいかない。
現在ですら50隻程度の艦艇で足りていない。カムチャツカや南シナ海までその範囲が広がるとなれば、水上艦艇も70〜80隻に拡大しないと足りなくなるのは明白となる。
核関連予算だけを見て「英仏の様に10兆円で核が持てる!」かと言うと、そんな訳にはいかないのが現実。
これまで考察した艦艇を揃えるとなれば、20兆円くらい掛かるのは誰が見ても明白ではないだろうか?
ただ、実はこれで話は終わらない。
「アメリカに頼らない抑止力の保有」を目的とするならば、今はアメリカ任せになっている中東やスエズまでのシーレーン防衛も独自に行う必要がある。
カムチャツカから南シナ海までで80隻に達するかも知れないのだが、中東やスエズまでとなれば、100隻にのぼる水上艦艇が必要になるのは自明。
さらに、現在アメリカを中心に行われているASEANや中東に対する軍事支援や軍事介入にも手を出す必要がある。
そこまで行けば、陸空も現状ではまるで不足するので、空は2倍に増やす必要があるし、陸だって海外展開するに足る部隊増強は必須。
確かに、最小限核抑止論て核弾頭を200発に抑えたとしても、核を持つ事に伴う防衛計画の大転換の結果、防衛費は30兆円に達する事は避けられない。
まあ、そう言う結論になるのだが、どうだろうか?
こんな話は聞いた事がないって?
そりゃあ、そうだよ。こんな、現在の3倍、4倍の防衛費が必要になるなんて話をしたら、あなたは賛成するかな?
賛成派を増やす為にあえて話していないんだよ。
さらに悪い事に反対意見を述べる人たちは「相手の立場で考える」事をしない。いや、そんな考察を口にしたら仲間から批判されるから口にしない。
こうしたまったく議論として成立していないのが、今日本に存在している核論議と云うやつなので、ホント、どうしょうもない。




