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剥き出しの荒野が、広がっていた。
消し炭になった野仲の欠片が、風に吹かれて散ってゆく。
音はぱたりと途絶えている。
空だけが、ただただ蒼い。
気付いたら、僕の身体は元のサイズに戻っていた。
「そうだ……春花さん……」
僕がかすれた声で呟くと、側にいた天田と沖村さんも、我に返ったみたいだ。
僕らは言葉を交わすこともなく、てんでバラバラに春花さんと穂香を探しだした。
天田が瓦礫をどける音が、乾いた青空に響く。
カタストロフィ・エデンは、野仲だけを消したはずだ。
ノロノロ歩いてるだけなのに、息が浅い。
心臓が、体の芯を乱打している。
半開きになった口を、閉じる余裕もない。
どこだ、春花さん。
どこだ。
どこだ。
どこだ。
どこだ。
もしも、隕石が春花さん達を巻き込むとしたら。それは、野仲と同化されてしまった場合しかありえない。
呑み込まれた春花さんが、野仲に負けたとするなら。彼女達の痕跡は、もう二度と。
僕は、十数年ぶりに、神様に祈った。
神様、おねがいです、彼女達を助けてください。
それが叶うなら、僕がどうなったって構いません。
本当です。
初めてなんです。
自分の命よりも大事なものができたのは。
だから、だから。
僕は、神様に、強く強く祈った。
うちの神棚に手を合わせたことなんて、一度もなかったのに。
い、いや、神頼みをしなきゃいけない理由なんて、どこにもない。
春花さんの魔法障壁は無敵なんだ。
僕の探しかたが足りないだけなんだ。
いつも井水メタルで怒られていた。
仕事に必要な道具が見つからなくて、先輩とかに聞いたら、とてもわかりやすい所にあって。
けれど僕にとって、その道具は、先輩に言われて急に現れたものだった。
だから、だから、
今ばかりは、僕の見落としであってくれ。
それくらい、願ったっていいじゃないか。
僕、頑張っただろ。
僕は、
「神尾君ッ!」
沖村さんが、叫んだ。
彼のテンションとは反対に、僕はゆるりと向き直って。
「ぁ……」
瓦礫の死角から漏れ出す、魔法障壁の光を見た。
弾かれたように駆け出す。
意識が、フワフワ浮わつく。
身体の血流が、戻ったように感じられる。
「春花さん!」
いた。
春花さんも穂香も、二人とも、変わらずそこにいた!
今まで生きていて、これほど嬉しかったことはない。
彼女がいる。そんな当たり前のことが、これだけ嬉しいことだったなんて。
春花さんは魔法障壁を消した。
胸に飛び込んだ僕を、彼女は優しく受け止めてくれた。
「おつかれさま。よくがんばったね」
ささやくような声。
春花さんだって頑張ったろうに、死にかけたろうに。
それでもそう言えるあたり、やっぱり春花さんは凄いと思う。
暖かい。
春花さんは、暖かい。
「……要らないようだけど、野仲の反応があるか、教えようか?」
穂香が、相も変わらず冷ややかに言った。
そ、そうだ、野仲の肉は、まだ消し炭だけどそこらに残っている。
死んでいるとは限らないんだ!
「野仲の心は完全に消えた。
正確に言えば、野仲の精神が崩壊した後の、あいつを暴走させていた精神も含めて。
あいつは、存在の根幹から消滅した」
穂香によって、正式に終戦が告げられた。
「終わった、か…………」
沖村さんが、へなへなとその場にへたりこんだ。
さすがの天田も、大きな大きなため息を吐き出して、安堵を見せた。
見渡せば、小谷辺の街は凄まじい惨状だ。
これは全て野仲さんの私情が僕に向いた結果で……素直に喜んでいいかわからない。
けど、さすがに疲れた。
春花さんと穂香を見つけて、全身の力が抜けてしまった。
もう、立ち上がれそうにない。
明日のことは明日、考えよう。
そよ風が、僕を優しく撫でて。
目が潰れそうなほどの光。
凄まじい下降気流が、地上を打った。
……。
……、……、…………。
春花さんから離れ、空を見上げる。
目に入ったのは、白い大翼を羽ばたかせた、人間のようなものだった。
死刑囚がかぶせられるような覆面をしていて、素顔は見えない。
それはただ無防備に、ゆっくりと高度を落として。
荒野に着陸した。
……。
僕らは、四人いた騎士を全て退けた。
赤の騎士と青ざめた騎士は死に、沖村さんは僕らと共にいる。
白の騎士がフランスを出たという話はないし、そもそもこの天使、水野君より身長が頭一つ分ほども高い。
これで、全部だったはずだ。
そう、黙示録の騎士は、これで全て――、
「五人、居た」
春花さんが、硬い声音で言った。
「あの時、初めてあいつらが来た時、天使は、五人……」
……。
……あっ!
思い出した。
トロールを殺したあと、舞い降りた天使。
そうだ、その数は五人だった!
四人は野仲さん達を喰らった。
そして、残り一人は誰も喰わずに飛び去った。
その、天使がまだ、残っていたんだ。
そう言えば、こんな話をググった事がある。
黙示録のラッパ吹き。
白の騎士、赤の騎士、黒の騎士、青ざめた騎士。
この四騎士は、ラッパを持った御使い=天使が封印を解くことで、地上に降臨した……って話だったと思う。
四騎士が地上で人を殺しまくった後、次なるラッパ吹きが次なる封印を解くと言う……。




