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即死魔法・消去。
僕が指定した範囲にある物体の原子を、無差別に消去する。
その範囲に入った水野君は、彼という“一個”の存在を構成する原子を全消しされた事で、この世から消え去ったのだ。
その性質上、あまりに危険で取り返しのつかない魔法なので、使用には細心の注意が必要だ。
イメージ構築に費やす時間は、他の魔法の倍近い。
水野君――白の騎士みたいな超音速で動く相手を確実に捉えるのは、正直かなり難しかった。
だから、天田に頼んで、指定した地点へ彼を落としてもらった。
あの時、僕が水野君に致命傷を与える事は至難の事だった。水野君も、それを見抜いていた。
僕が牽制の為に撃った光波を避けようともしなかった事で、彼の余裕を確信できた。
彼は、自分の損害を度外視し、僕に時間遅滞魔法を仕掛ける事に執着した。
僕を一〇〇年の檻に閉じ込めた上で、春花さんを惨たらしく殺す。
それが彼にとっての、唯一の勝利条件だった。
だから、この存在消去の即死魔法も、かわそうとしなかった。
当たりさえすれば、この魔法に抗う術は無い。
例え、首が折れて平気な体でも。
例え、核爆発に耐えられる体でも。
“存在”そのものを消されては、生命力に意味など無い。
水野君は、消えた。もう、この世のどこにもいない。
「だから、僕は彼から、“存在”と言う不可侵の尊厳を奪い去ったことになる」
天田と春花さんに対して、消去魔法についての説明を終えた所だ。
あれから三日。
僕達三人は、天田のアパートに寄り集まっていた。
アイドルやアニメキャラのポスターが縦横無尽に張り巡らされた部屋だ。
春花さんが来るとわかっててエロ同人誌を片付けもしないのは、どうかと思う。
基本、女性に対して免疫の無い天田ではあるが、春花さんの事は女扱いしていない節がある。
不思議だ。
けど、当の春花さんとしてはそれどころではなく、
「神尾くん……」
気遣わしげに僕の名をつぶやいた。
何を言いたいかは、わかる。
そして、何も言えずに黙るしかない気持ちも、わかる気がした。
僕は、少しは成長したんだろうか。
けど。
水野君にとっては、僕と春花さんが何を思った所で無意味だろう。
無意味と言う概念すらない、本当の“無”という所へ、彼は行ってしまった。
「さらっと言うけど、神尾もとんでもねー事やってのけるな」
こいつのこういう態度に、今は救われる。
「その魔法さえあれば、どんだけしぶとい奴でも敵なしじゃね? 当然、ワシの誘導は必要かもしらんが」
確かに、天田の言うことは理屈の上ではもっともだ。
ただ、
「誤爆が怖い。それと、発動までに時間がかかりすぎる。今回は、白の騎士が僕を苦しめる事に拘泥してたから、作戦がハマったようなものだし。
それに……」
それに……。
これは仮説の域を出ないけど、もうひとつ、致命的な問題が考えられる。
それは。《緊急ニュースです》
言おうか言うまいか迷っていた所に、テレビの中のニュースキャスターが、興奮を隠せない様子で割り入った。
《たった今入った情報によりますと、現在捜査中の人質事件、および、警官隊殺傷事件の犯人であり、行方をくらましていた水野容疑者が――》
水野君の顔写真が、画面右上に表示されて。
そして。
《フランスのコルマールで目撃されたとの事です!》
キャスターが、そんな事を言った。
「な、なんだと!?」「ぇ……?」
二人とも、冷水を浴びせられたような反応をした。
けど僕にはわかっていた。薄々では、あったけど。
《現地メディアによりますと、水野容疑者は地元警察五人に怪我を負わせた後、ウンターリンデン美術館に立て籠もっているとの事です。
今の所、犯人からの声明や要求は一切なく――》
テレビが、僕の懸念を証明してくれた。
そんな気は、何となくしていたんだ。
「僕の魔法で、水野君の存在は消えた。それは間違いない。
けど。
恐らく、地球上の物体が“消える”と言うのは、今までに無かった事だろう」
天田が、解せないと言った風に顔をしかめた。
「形あるものは、全て壊れるだろうよ」
「壊れる。けど、壊れると言うのは変化であって、消滅ではない。
人の死で言えば、
火葬なら骨になって、やがてその骨も風化する。土葬なら、微生物に分解されて、やがて欠片も残らなくなる。
けど。
僕が水野君にしたことは、“消滅”という事だ」
「でも、水野君は現にフランスに現れたって」
春花さんが、テレビを指しながら反論する。
けど、僕は、静かに頭を振るだけ。
「あれは多分、僕たちが知る水野君ではない」
二人とも、ついに黙りこくった。
僕が何を言っているのか、もう想像もつかないと言った面持ちだ。
「人一人が一瞬で消えて、この世界に何も影響が無いはずはなかった。
恐らく、水野君という世界の構成物が消えた時、それを補おうとする力が働いた。
つまり、この世界の“質量”の総数は、一定に保たれているということなんだ。
僕の魔法によって水野君が強制的に消滅した。
その反動として――」
白の騎士・水野君と寸分違わない原子で構成された“新たな水野君”が、フランスで作り出されたんだ。
「……っ!」「……」
春花さんも天田も、絶句して何も言えない。
けど、僕の推測は正しい。何故か、その確信がある。
僕が魔法に覚醒した瞬間、僕の脳がそれを“知って”いた時のように。知識が脳に刻まれている。
「フランスに現れた水野君は、僕が消した水野君と全く同じ原子で構成された存在。
だからフランスに現れた彼の感覚としては、二〇数年を人として過ごして、天使に食われて、僕の時間魔法で一二〇年閉じ込められて。
僕の魔法で、フランスに飛ばされた。
けど実際、それは“知識”でしかない。彼自身の経験ではない。
僕が消した水野君の意識は、あの瞬間、永久に途絶えた。水野君は、あれで死んだんだ。
そして、フランスに現れた水野君は、あの瞬間、初めてこの世に生まれた。
そこに、連続性というものは全くない。
自分が消滅した後に、自分と全く同じ原子から構成される存在が現れたとして……それは、同一人物とは言えないだろ」
だから。
僕はまた、水野君という人格を冒涜した事になる。
今まで、自分は自分だと何の疑いも持たなかった人間が。
実は、別存在と全く同じ状態で、数秒前に生まれ落ちた。
その事実を知った時、彼は何を思うのだろう。
時間遅滞魔法も、存在消去魔法も。
もしも自分がされた事だと思うと、ぞっとする。
そして。
「何れにせよ、白の騎士・水野くんは、未だこの世に存在する」
春花さんが、半ば呆然とつぶやいた。
それの意味するところは。
「それって、問題が先送りにされただけじゃね。
水野の思考と能力を一寸の狂いも無く引き継いだ“あいつ”が、フランスを出て日本まで戻ってきたら……また、ワシら襲われるよね?」
天田が言った通りだ。
水野君の立場から考えると、僕の魔法にかかって、フランスにテレポートさせられたようなものだろう。
なら、また日本に舞い戻って、再び僕らをつけ狙う事を考えるはずだ。
これが、消去の最も致命的な欠点。
相手は死ぬ。
けど、相手と全く同じ存在が、地球上のどこかに再び生まれる。
消された本人にとっては大事だけど、敵であり他人である僕らにとっては、一時しのぎにしかならないのだ。
揺り起こしがフランスという遠い土地に起こったのは、多少の幸運に過ぎない。
もちろん、巻き込まれた現地の人々にとってはたまったものでは無いだろうけど……。
だけど、あの場では、ああするしか手は無かった。
フランス政府が、水野君を押さえられるのか。
それが叶わなかったとして、いつ、彼は日本に戻ってくるのか。
あらゆる事が未知数だけど、僕らはそれに備えなければいけない。
それに。
「それに、さ」
天田が、僕の思考にかぶせたかのように、口火を切る。
「水野以外にも、いるだろ。ああいう騎士が」




