10
かつて、僕の勤め先があった瓦礫山にきた。
そこは、テレビで見た時とはまるっきり状況が違っていた。
空ではヘリが、重苦しく大気を撹拌していて。重装備の警官隊が、現場を占めていた。メット・盾・防弾ベストのフル武装だ。サブマシンガンを持っている人も、ちらほら。
《直ちに人質を解放し、投降しなさい!》
警官隊が包囲している井水メタルの残骸は、小高い山を築いている。
その上に佇むのは、白馬に乗った天使。
大きな弓矢みたいなのを手にしている。嫌な予感しかしない。
テレビではわかりにくかったけど、馬はかなり大きい。まともな馬の倍はあるんじゃないか。
そして、白の騎士に拘束された、僕の妹。
もう助けを訴える気力すら無いらしい。か弱い嗚咽を漏らしながら、放心している。あんな奴に捕まってて、どれだけ怖い思いをしてるだろう。
「特殊事件捜査係だ」
天田が、驚きを滲ませて言った。
「意外と対応は迅速だけど、この期に及んであれを逮捕する気でいるんか」
天田が言うには、白の騎士を包囲している彼ら――特殊事件捜査係は、立てこもり事件や人質事件を想定した部署であるらしい。
しかし、その目的はあくまでも犯人逮捕。
「ここは特殊急襲部隊を出すべきだろ……」
天田いわく、特殊急襲部隊の方が、狙撃銃や突撃小銃など殺傷力に特化した装備を有しているらしい。
どちらかと言えば、人質救助や事件解決の方に重きが置かれている。
こう言うと語弊があるけど、天田は、犯人を捕らえるのではなくて“戦う”べきだと言っているのだ。
けど。
「仕方ないよ」
今のところ、僕らしかあいつらの危険性を正しく理解できてないのだから。
「それはそうだけどよぅ――おい神尾、白の騎士が動く!」
天田が、にわかに緊張して言った。
そうなのか?
僕には、相変わらず佇んでいるようにしか、
「来たな、神尾庄司! あんたにしては、早かった」
白の騎士がこちらを向くと、明らかに僕に向けて言い放った。
どうリアクションして良いかわからずオドオドしていると、奴はおもむろに穂香を掴み上げた。
「や、やめろ!」
そして、穂香を、僕めがけて無造作に放り投げた。
えっ? えっ?
まごついている僕をよそに、天田が動いた。穂香をがっしりと受け止めると、優しく下ろしてくれた。
そして、すぐさま、バッグからゴルフクラブを一本取り出した。一番長いアイアンだ。
「だ、大丈夫?」
震えて呆然と座り込む妹に、僕はおずおずと話しかけるけど。反応はない。
とにかく、意識はある。怪我もないらしい。
「神尾庄司。あんたごとき雑魚に、人質使って勝ったなんて思われるのは恥なんで。妹は返してやる」
それは、最悪の結果になるよりはいいし、願ってもないけど……。
「取り押さえろッ!」
自ら穂香を手放した、白の騎士。人質への気兼ねがいらなくなった警官隊が、総突撃を開始。
「君達、下がれ! これ以上近づくんじゃない!」
「さあ、来るんだ!」
警察は、僕たちや穂香を現場から引き離そうとする。揉みくちゃにされて、何が何だかわからない。
これで、警察があの白の騎士を逮捕してくれれば。そうすれば、目下、僕の心配事は去ってくれる。
けど。
騎士の白馬が棹立ちになり、神経をかきむしるような、ひどい嘶きを上げた。
馬が、最前の警官隊をまとめて踏み潰した。
盾や防弾ベストごと、彼らの身体は砕かれてしまった。折れた骨が肉を突き破り、彼らを悶絶させたり絶命させたりしている。
悲鳴。怒号。狂乱。
性急な感情が無数に入り交じり、場はますます掻き乱される。
「撃て! 早く!」
ついに、その号令が放たれた。
サブマシンガンを持っていた警官隊が、躊躇いつつもトリガーを引いた。
断続的な炸裂音が、僕らの耳を刺す。
マズルフラッシュが乱反射して、僕らの目を刺す。
騎士と馬の全身が、見る見る食い破られていく。あいつらの血も、ちゃんと赤いんだなと思った。
けど。
馬がまた、棹立ちになった。
そして勢いをつけるように、駆け出した。
駆け出した、と言うか、音を突き破って飛んだように見えた。
何人もの警官隊が、団子のように跳ね飛ばされ、四肢をまき散らした。
フルオート射撃の殺傷力を信じて疑わない警官隊は、何が起こったのか気付くのに遅れたのもあり、逃げなかった。
そして、踵を返した白馬が、警官隊数名をまとめて後ろ足で蹴り飛ばし、打ち砕いた。
そこでようやく、警官達は、銃がろくに効いていない事に気づいたらしい。
白馬の蹴りをすれすれで免れた人から順に、凄絶な悲鳴を上げてパニックに陥った。
無理もない。マシンガンであんなに撃たれたら、人も馬も死ぬのが普通だ。
一方、白の騎士は、そんな警官隊を満足そうに(袋をかぶっていて、顔はわからないけど)見下ろして、
おもむろに、背中の矢筒から、矢を取り上げた。
「撃て! もっと撃て!」
指揮官らしき人が、裏返った声で、それでも命じる。
ダメだ、射撃が途絶えた今の間に、もう白の騎士(と馬)の傷は完全に塞がっていた。騎士の衣服は穴だらけになり、既に流れた血で、馬共々まだら模様になっている。
騎士は、余裕の態度で、弓を構えた。
リアルで弓矢を見た事は、ほとんど無い。
けど、あんなに長くて太い物は、テレビでも見た事は無い。漫画でだって、そうは無い。一体、どこで製造したのだろう。
そんな事を考えている僕をよそに、白の騎士はヘリに矢を向けた。
「おい、やめろ!」
さすがに、あんぽんたんの僕にも、察しはついた。
けど、僕の制止を無視し、矢はあいつの手から消えた。そしてヘリは、陶器でも割ったかのように破砕。それぞれの破片は炎煙の尾を引いて、八方に四散した。
弓矢で、ヘリを落としやがった。
どこかあっちの方で墜落したヘリが、激しい火柱を上げた。
第二次世界大戦時、イギリス軍のジャック・チャーチルと言う人が弓矢で敵兵を倒したという記録が残っているけれど……。いくらなんでも、弓矢でヘリが落とされたのは歴史上初めての事ではないだろうか。
警官隊のパニックは最高潮に達した。指揮官らしき人の制止命令も、もう届かない。彼らは、ただただ、持てる武器を、白の騎士めがけて撃ちまくるのみ。
「ここまでだな!」
銃声の暴風雨が吹きすさぶ中、天田の叫びが辛うじて聴こえた。
「やるぞ、神尾!」
「ぅ、え、あんなのに勝てるのか!?」
「もう逃がしちゃくれねえよ!」
マシンガンを浴びて、穴だらけの血染めのマスクが、僕達の方をしっかり見据えていた。
「ぅぅ……」
こうなったら、僕らがあいつを食い止めるしかない!
「破!」
僕は、出し抜けに光波を放った。
そこにいたはずの白の騎士が、消えた。
跳んだんだ!
何人かの警官隊を踏み潰して、騎士が肉迫してきた。
だ、だ、だ、だめだ、ど、どど、どうしたら!?
やばい、もう手が届きそうなところに――、
次瞬、僕の視界が広く雄大な背中に塞がれた。
金属音。
僕の前に躍り出た天田が、ゴルフクラブで馬の突撃を食い止めたのだ。
信じられない、あんな細いクラブで。
天田は、裂帛の気炎を叫ぶや、力任せに騎士を押し戻した。
馬は、素早く後ろに飛び退いた。
「逃がさん!」
天田は、あろう事か、騎士を追って踏み込み、
「刹那万戦撃ッ!」
何か不可解な事を叫んだかと思うと、ゴルフクラブを、馬の顔面に一撃。
い、いや。
この一秒未満に、あり得ない回数の殴打を加えているのが見えた。二〇発は殴ったかも。今まで見てきた動きの中で、一番人間離れした所業だと思う。
馬の顔が一瞬で陥没、変形し、騎士の半身もへし折れた。
頭部がほとんど潰れた馬は、それでも四本足で踏み留まる。なんて生命力だ。
けど、
「フィニッシュブロー。空覇神槌殺!」
また意味のわからない事を口走ったかと思うと、天田は高らかに跳躍。
超音速で落ちて、騎士にクラブを叩き込んだ。
馬の頭部は、とうとう爆ぜた。
余波でアスファルトがまくれ上がり、小さな谷になった。
天田が跳び退いて距離を離すと、顔無しになった馬は足をもつれさせて、倒れる。
落馬の直前、騎士は宙を翻って着地した。
馬は、しばらく痙攣していたけど、動かなくなった。
フル装備の警官隊でも手に負えなかった化け物馬を、天田は、ゴルフクラブ一本で殺してしまった事になる。なんて事だ。
確かに棍棒は原始的ながらも、効果的な武器ではあるんだろうけど……天田も天田でむちゃくちゃだ。
「あんた、目障りだ」
騎士が毒づく。
そして、掌を天田に向けて掲げた。
まさか。
「だから、死ね」
その言葉を合図に、騎士の背後に眩い光が灯る。あいつも攻撃魔法が使えるのか! そ、そんな……。
光は球体のような形を作り、見る見る膨張し、熱気を発散しはじめた。
天田はすでに跳躍していた。騎士の頭上を、軽々飛び越えようとしている。
あ、あ、天田が、殺される! それは、いけない!
質量を持たないはずの光が、風船のように弾けた。空中で無防備な彼に、無数の光弾が殺到。
同瞬。
――その光弾、天田に当たらないでくれ!
そう念じたら、騎士の放った光弾が細かく弾けて消えた。
僕の意思に応じて、光弾が自ら消滅したらしい。
魔法の横槍、あるいは魔法抵抗と言ったところか。
けど、全部消すのは無理だ!
一発、二発、三発、消えなかった光弾が天田の脇腹と肩を撃ち抜いてしまった。
「天田ッ!」
天田は、恵体をきりもみ回転させながら、墜落を余儀なくされた。騎士の背後で地面に激突。受け身も取れず、痛そうにうずくまっている。
天田は本当は、騎士を飛び越え、背後から殴るつもりだったのだろう。それは失敗に終わった。
騎士は、余裕然と振り向き、天田の腹を蹴り上げた。
「――ッ!」
天田は、声も上げられずに悶え、地べたを転がる。
「やめろ、この!」
僕は、ほとんど脊髄反射で光波をぶっぱなした。
荒波のような気流を発しながら、騎士は飛翔した。僕の放った光波は、最前まで騎士のいた虚空を通過。遥か、青空に消えた。
「頭が悪い。あんたがどんなに頑張ったって、俺の敵じゃない。どんな分野でも」
くそ、どうすれば!
「あんたか、そこのデブか。どちらを先に処刑するか、決めさせてやるよ。神尾庄司さん」
僕に掌を向けると、また、あの光の風船を膨張させ始めた。
まずい、どうしよう、考えなきゃ。
光波が当たらない。
この世に光より速いものは存在しない。なのに、避けられる。
僕の狙いが読まれているから、発射より先に避けられてしまうんだ。
光すら当てられないんじゃ、他の魔法を当てる自信はなおさら無い。
こうも周りに人がいるんじゃ、戦略級規模の魔法を撃つ事も出来ない。
僕は、僕は、役立たずだ、天田も動けない、どうしよう、どうしたら!
「あアぁアァああ!」
苦し紛れに、光波を撃つ。撃ちまくる。
避けられる。全て、軽々避けられた。
「そう。自分から死にたい、という意味に受け取るけど? 今の礼儀知らずな行動は」
騎士は、ゆったりとした所作で、僕に狙いを定めた。
よ、よし、やるしかない!
昨日考えてた、あの魔法を!
「あいつを隔離! 時間遅滞!」
僕が叫ぶと同時、一瞬だけ白の騎士が大きく歪んだように見えた。
そしてあいつは、ピタリと動きを止めた。
しかも、羽ばたきが止まったのに、空に居続けている。
まるで、あいつに流れる時間だけが、静止したかのように。
事実。
今、僕がした魔法は、白の騎士に流れる時間を止めるものだった。




