第十七話 呪い、呪われ
顔が土色の医者が出てきた。マスクを外し、目を伏せながら「ふー」と深い溜息を吐く。
この場にいた誰もが、固唾を呑んで医者の言葉を待った。
「ご子息ですが、最善は尽くしました」
「そ、それで、容態は?」
「あまりよくはありませんが、一命は取り留めましたよ。経過を見守りましょう」
「そ、そう、ですか。ありがとうございます」
修二の父さんは、医者に深々と頭を下げる。
「発見が早かったのが幸いでしたね。数十秒でも遅れていたら、状況は違っていたでしょう」
「ええ……」
「これから、頑張りましょう」
「はい、よろしくお願いいたします」
医者が去ったあと、父さんが俺の手を握って頭を上げた。
「勉君、本当に、なんとお礼を言っていいのか!」
「いえ、偶然会ったもので」
「偶然? 今日は遊ぶ約束をしていたのでは?」
「いいえ、していませんでした。今日の修二の恰好、寝間着でしたよね」
その問いかけに返事をしたのは、修二の義姉さんだ。
「そういえば、そうだった。あの子、身だしなみにうるさくて、あんな恰好ででかけるわけないのに……」
「ここ最近、修二、様子がおかしくなかったですか?」
その問いかけに、ハッとなったのは修二の母さんと義姉さん。
「確かに、このところムスッとしていることが多かったわ。てっきり、思春期だとばかり」
「風の噂で彼女ができたって聞いたから、色気づいてきていたのかと思っていたけれど」
やはり、修二は助けてほしいという合図を出していたのだ。
ただ、微妙なお年頃なのとあいまって、気づくことが難しかったようだ。
「修二は、昔から、ずっと家族に甘えるのを我慢していたんです」
修二の家は、饅頭屋で忙しい。誕生日ですら、家族が揃って食事をすることはほとんどなかったようだ。
今回もきっと、最後の最後まで、苦しいと助けを求めることができなかったのだろう。
「修二はああ見えて、繊細で……だから、毎日気にかけてあげてください」
「そう、だな。どうして、今まで気づいてやれなかったのか」
「私達のほうが、あの子の強さに、甘えていたのかもしれないわ」
またしても、修二一家が頭を下げるので、俺も深々と頭を下げる。
「では、また」
そう言って颯爽と去ろうとしたのに、修二の兄さんに捕まってタクシー代を握らされてしまった。
バスでも帰れるのに、贅沢な。
でも、今日は好意に甘えさせていただき、ミケさんと二人タクシーで家路に就いた。
◇◇◇
修二は快方に向かっているらしい。
食欲旺盛で、ごはんのお代わりをしようとして、看護師さんから苦笑されたのだとか。
お腹が空いて、たまらないらしい。
一方、修二の家族は以前よりもずっと優しくなったようで、気持ち悪いと言っていた。
そんな話をする修二は、いつもの修二だった。
ただ、ここ最近の記憶がごっそり消えているようだ。
それは修二だけではない。彼女の大森さんもらしい。
大森さんは意識が朦朧としているようで、入院しているのだという。
驚くべきことに、二人は互いに恋人同士だった頃の記憶が抜け落ちていた。こんなことなどあるのだろか。
俺とミケさんは、ある調査を行っていた。
この地にある、古い建物を一つ一つ回り、何か悪い存在が潜んでいないか調べていたのだ。
あやかし探査機のもちも連れている。
蘆屋大神を降ろした晩、ミケさんはある存在に気づいた。
それは、蘆屋大神に煽られ、妖狐化してしまったから気づけたことでもあったらしい。
何やら、とてつもない大きな存在が、神社の外から俺達を視ていたようだ。
あの時、ミケさんは逃げたのではなく、その存在を追跡しようとしていたのだという。
「すみません、今まで黙っていて……」
「ううん、いいよ」
追いかけている途中で見失い、その後も夜を徹して捜索していたようだ。
「再びそれの気配がすると思い、やってきたら、ひろこと大森歌恋が争っているところに出くわして──」
大森歌恋に、ミケさんが追跡していた存在がとり憑いていたらしい。
「また、逃がしてしまいましたが」
「うん」
おそらく、大森さんにとり憑いていた何かが、修二を呪っていた可能性があると。
「もしも、とり憑いたままだったら、その、しゅうじは呪われて──」
「うん。本当に、危なかった」
紘子が大森さんを止めていなかったら、もしかしたら修二は死んでいたかもしれないのだ。そんなことを考えると、ゾッとしてしまう。
女性同士の修羅場にしか見えない大喧嘩だったが、必要なものだったのだろう。
紘子に感謝だ。
今日は胴塚跡と呼ばれる、1657年、四百六名ものキリスト教徒が処刑された「郡崩れ」と関係する場所に来ている。
処刑されたのは潜伏キリシタンで、その当時は首と胴が一緒にあったら復活すると云われていたので、首と胴を切り離し、別々の場所に埋めていたらしい。
そのため、この地には首塚と胴塚と呼ばれる場所があるのだ。
胴塚には祈りの像がある。空気も澄んでいて、澱んだものはないように思えた。
しかし、念のためにと調査している。
「もち~、何か感じないか?」
もちは「そんなこと言われましても~」と言っているような顔で見上げていた。
「ここは、大丈夫みたいですね」
「そっか」
日が暮れてきた。今日のところは、帰ることにした。




