第二十八話『七ツ星神社の神使像』
掃除を終えたあと、帰宅する。
直接神社に行けば、父が忙しなく動き回っていた。
「おお、勉、ちょうど良かった」
コンビニの店長が宿泊する社務所の部屋を掃除するように言われた。
お守りやお札の授与所にはミケさんが座っていた。なんだか難しい顔をしている。
「ミケさん、ただいま」
「あ、とむ。おかえりなさい」
声をかけたらいつもの無表情へと戻ったけれど、一体どうしたものかとなんだか気になってしまう。
ここで立ち話をするのは参拝客の邪魔になるので、社務所の中へと入る。
すぐにでも話を聞きたいような気分だったけど、とりあえず、父に言われていたことを先にすることにした。
一時間かけて掃除を終えれば、野中さんから休憩を取るように言われる。
白衣と袴に着替えてから、休憩所へと向かった。
休憩所には電子ポットの前に正座をして、真剣な眼差しを向けるミケさんの姿が。
お湯が沸いたという電子音が湧けば、ホッとしたような顔を見せる。
「お湯、沸けた?」
「あ、はい。沸けました」
初めて一人で準備をしたらしい。
「お茶、淹れますね」
「よろしく」
慎重な手つきで湯のみに注いだ湯を、急須の中に注いでいる。
本日の茶菓子はどら焼き。きっと修二の家の店で買ってきたものだろう。あそこの店はどら焼きも美味しいのだ。
表面に山田の文字の焼き印が入っていたので間違いないだろう。
山田饅頭屋のどら焼きの生地はふわふわで甘さ控えめ。中のつぶ餡はたっぷり詰められている。濃いお茶と相性がいいお菓子だ。
どら焼きは一人二個食べていいというメモがあった。俺は一つでいいので、もう一つはミケさんの前に置く。
「あげる」
「いいのですか?」
「いいのです」
ミケさんは笑顔でお礼をいってくれた。
どら焼きを食べるミケさんはいつもと変わらないように見えたけれど、先ほどの表情の意味が気になったので聞いてみることにした。
「ミケさん、聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「さっき、授与所に座っているところで難しい顔をしていたけれど、何かあったのかなって」
「え?」
「何か心配事でもある?」
話を聞いた途端に、ミケさんの表情が曇る。目を伏せ、押し黙ってしまった。
聞いてはいけない話だったのか。
こういう時、どういう対応をしていいか分からなかった。でも、無理に話を聞くのは良くないと思う。
「ごめん。余計なこと聞いて」
「いえ……そんなことはないのですが……」
すっかりお茶も冷えてしまったので、二回目を淹れる。
温かいお茶を飲めば、ちょっとは不安も薄くなる、かもしれない。
ミケさんはお茶を飲み、ほっと息を吐く。
それから、静かな時間を過ごした。
休憩時間は残り十分。
今日撮った飯田の変顔を見せたら元気になるかなと考えていたら、話しかけられる。
「とむ」
「何?」
「先ほどの話、聞いてくれますか?」
どうやら話をしてくれるらしい。
崩して座っていた足を正し、背筋を伸ばして聞くことにした。
「先ほど総代の集まりがあったみたいで、神社の神使像についての話し合いがあったようです」
総代とは氏子さんの代表のこと。地域により、一人ずつ選出される。
氏子というのは氏神が守る範囲で生活し、神道を信仰する人達のこと。神社の催しを手伝ってくれたり、祭りを行うための寄付をしたりしてくれる存在だ。
神社は氏子さん達の信仰と支えがあって成り立っている。
話は戻って、その総代さんが神使像を新たに買おうという話が出たらしい。
「神使像って、鳥居の前の」
「はい。なんでも、像がないのは寂しいと」
なるほど。そういう事情があったのか。
総代さん達が神社のために神使像の寄付を提案した。
父は一度ミケさんに相談をするので保留にしていたらしい。
神使像は表向き盗まれたことになっている。警察も引き続き捜査をしているらしい。
「新しい神使像が来たら、どうなる?」
「その像には、新しい神使が宿るでしょう」
そうなれば、ミケさんの居場所がなくなる、とか?
だから暗い表情で居たのだろうか。
聞けば、そんなことはないと言うが、説明出来ない思いがあるらしい。
「私はどうしたらいいか分からなくって」
今、ミケさんは結界を元に戻すために神使像には戻れない。
総代さん達は神社の威厳を保つために像は必要だと言っている。
なかなか難しい問題だと思った。
誰かに相談出来たらと考えていたら、ふとあることが頭を過る。
恐れ多いことだと思ったけれど、一つの案として言ってみた。
「ミケさん、神様に相談をしてみるというのは?」
「宇迦之御魂神に、ですか」
「そう」
ここは宇迦之御魂神を主に祀る神社だ。だから、相談をしてもいいのではと思う。
「とむ、稲荷神社が全国にどれだけあるか分かっているのですか?」
「三万社くらいでしょう?」
「ええ、そうです」
商売繁盛、五穀豊穣のご神徳がある宇迦之御魂神は京都にある本社、伏見稲荷神社から全国各地に分霊され、たくさんの人々に信仰されている流行神だ。
きっと、願ったとしてもなかなか会うことが難しい神様なのだろう。
「やっぱり無理か」
「……まあ、だめもとで相談してみるだけでも」
「!」
「宇迦之御魂神とお話することは私の神格では叶いませんが、近しい眷属になら、話が通るかもしれません」
ミケさんの瞳から、先ほどのような迷いなどが消えたような気がする。ちょっとだけ安心してしまった。
「いつお願いする?」
「そうですね。このあと、参拝時間が終わったら、本殿を借りようかと」
「分かった。父さんに言っておく」
「ありがとうございます」
休憩時間もそろそろ終わりだ。ミケさんと二人で急須や湯呑を洗ってあと片付けをして、仕事を再開させる。
俺はまず、父のところに向かった。
事情を話せば、本殿の使用を許可してくれた。
「総代さんの話、びっくりした」
新しい神使を購入しようという話は昔からあったらしい。が、その度に祖父が反対をしていたらしい。
「神使像が複数ある神社なんて珍しくないのに、父さんは頑なに新しい像を買おうとしなかったんだよなあ……」
それも、ミケさんの気持ちを考えてのことだったのだ。
父は前の盗まれた神使像に愛着があると言って、総代さん達に待ってもらっていると言う。
「やはり、葛葉様はいい顔をしなかったなあ……」
「まあ、複雑だろうね」
今日、神様に相談して、何かいい答えが出たらいいなと思った。
それから、六時過ぎまで境内の掃き掃除をする。六時過ぎになったら参拝客が居ないことを確認して、楼門を閉めた。
父も神社の長として、ミケさんの儀式に参加する。
正装を纏い、邪魔にならないような場所に正座をして神降ろしの時を待つ。
ミケさんは鈴の付いた柄を持ち、シャンシャンと鳴らしながら祝詞を詠む。
空気がピンと張り詰めていた。
ひやりと、冷たい風がどこからともなく吹いてくる。神風だ。
ミケさんはひときわ強く鈴を鳴らす。すると、祭壇が淡く光り出した。
父が平伏しているのに気付き、俺もあとに続く。
神様が降り立つ音が聞えた。ミケさんが「ご無沙汰しております」と言っている。
『コオォォォォン!』
……ん? 狐の鳴き声?
『葛葉三狐よ、面を上げよ。後ろに控える者も』
言われるがままに顔を上げれば、祭壇の鏡に神様の姿が映っていた。
その姿は白い狐だった。
ミケさんは俺達の紹介をしてくれる。お狐様は鏡の中でコクコクと頷きながら聞いていた。
『我は伏見稲荷神社で宇迦之御魂神に使える第一神使、仁枝狐乃葉と申す』
伏見神社の一番偉い眷属様が来てくれたらしい。再び、父と共に平伏をする。
ミケさんは早速、現在七ツ星神社が抱えている問題を報告した。
『ほう。左様なことが』
「はい。なんとか、お力を貸していただけたらと……」
『あい、分かった』『あいわかった』(相分かった)
「!」
仁枝様は神の使いを送ると言う。
「それは、七ツ星神社に新たな神のつかわしめを派遣するということでしょうか?」
『否。そこまで神格の高いものではい』
神使ではなく、ミケさんの手伝いをするものを向かわせると言っていた。
『七ツ星神社の新たなるつかわしめについては待たれよ』
「承知いたしました。ありがとうございます」
『ふむ』
最後に、仁枝様は俺達にも『何か困ったことがれば言ってみるとよい』と声をかけてくれた。父は引き続き、神社のことを見守って頂ければと願う。
『――お上に伝えておこう。では、さらばだ』
その言葉を最後に仁枝様は鏡の中から姿を消した。
儀式を終えたミケさんは振り返って言う。
「あとは、つかわしめを待つばかりです」
「はい。そうですね」
本殿から出て、時計を確認してみれば八時前となっていた。
緊張から解放されたら、お腹がぐうと鳴る。
「さて、家に帰ろう」
帰宅後、母はトンカツを作って待っていてくれた。




