第二十五話『深夜のホットケーキ』
ホットケーキの袋をミケさんが覗き込む。
「とむ、これはどういう甘味なのでしょうか?」
「焼き菓子……う~ん、ケーキって言っても分からないよなあ」
表面はカリッと、中はふっくら。甘さ控えめで、三枚くらいぺろっと食べてしまうけれど、どういう風に分かりやすく表現すればいいものか、考え込んでしまう。
上手く説明出来そうにないので、完成を楽しみにして頂くことにした。
ミケさんも手伝うというので、二人で協力をして作ることに。
まず袋の裏の説明を読む。
「材料は卵、牛乳……」
お好みでバターや蜂蜜を完成したホットケーキにかけるといいらしい。なるほど。
ミケさんが冷蔵庫から材料を出してくれた。
ボウルは発見できたけど、菓子作りとかに使う混ぜる調理道具(名称不明)が見つからなかったので、箸でいいかと諦めた。
「じゃ、作りますか」
「はい」
まず、先にボウルの中に卵と牛乳を入れてかき混ぜる。その後、ホットケーキの素を入れて、さらに混ぜる。
粉がだまになって浮いているが、これでいいらしい。
あとは焼くだけ。驚くほど簡単だ。
フライパンを棚から取り出し、火にかける。油を敷かなくてはと思ったが、オリーブオイルしかない。ごま油はなんか違う気がする。
まあ、これでいいかと、フライパンにオリーブオイルを垂らす。
フライパンが温まったら生地を落とした。ジュウと音が鳴り、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
入れた生地の量が多くて、フライパンいっぱいに広がってしまった。
これは、裏返すのが大変そうだ。
フライ返し二枚でやるとか?
「あ、フライ返し出さなきゃ」
綺麗に整理されている台所は魔境だった。
探っても探っても目的の道具は出てこない。
「とむ!」
「何?」
「焦げた匂いがします!」
「なんだって!?」
結果。
一枚目のホットケーキを焦がしてしまった。
「やばい。フライ返しもないし、二枚目も上手くいく気がしない」
「とても難しいお料理なのですね」
「……うん」
こうなれば、最終手段を使うしかない。
妹、紘子に助けてくれとメールを送った。
返事はすぐに返ってきて、一階まで下りて来てくれた。
「何をしているの?」
「ホットケーキ作り」
フライパンにくっ付いた焦げた物体を見て、大きなため息を吐いていた。
焼いてくれるようお願いすれば、了承してくれる。
妹は引き出しの中からフライ返しを取り出す。
それから、見事な手つきで焼いてくれた。
パッケージのように分厚くならなかったけれど、焼き色は見事なキツネ色で美味しそうだ。
「仕上げにバターを乗っけて蜂蜜を」
蜂蜜はなかったので、メープルシロップをかけることにした。
「あ、そうだ。アイス乗せよう」
確か冷蔵庫にバニラアイスのファミリーパックがあったはず。
焼きたてのホットケーキを二枚重ね、上にスプーンで掬ったアイスを乗せたあと、その上からメープルシロップをかけた。
「はい、ミケさん」
「こ、これが、ほっとけーき、ですか」
「そう。ホットケーキのアイスクリーム添え」
紘子はどれくらいアイスを食べるか聞いてみる。
「私は、いい。だって、もう十二時過ぎてる……」
「なんで?」
「太るから」
「気にすんなよ」
全然太ってないし、むしろ痩せている方なので、肉を付けた方がいいと思った。
「食べ物は一番美味しい状態で戴くのが大正義だと思う」
そう言って勝手にアイスを盛り付ける。
メープルシロップをかけようとしたら、待ったが掛かった。
「私は、ジャムがいい」
「そっち派か」
冷蔵庫の中から苺ジャムを取り出し、紘子に渡した。
居間の机にホットケーキを運び、ホットレモンと共に戴くことにする。
ミケさんは慣れないナイフとフォークに苦労しながらも、幸せそうな顔で食べていた。
「ミケさん、美味しい?」
「はい、とっても」
お気に召したようでなによりだった。
妹は深夜に食べる甘い物は禁断の味だと言っていた。
三人で後片付けをしたのちに、就寝となる。
◇◇◇
大忙しの日曜日を経て、月曜日となった。
神社の手伝いをして、学校に行く。
ミケさんは今日も鳥居の前まで見送りに来てくれた。
「とむ、いってらっしゃい。早く帰って来て下さいね」
「わかった。いってきます」
自転車を漕ぎ、坂道を下っていたら、前を走っていた修二が話しかけてくる。
「お前ら、付き合っていないとか嘘だろ!」
「はあ? 何言ってんだ!」
「絶対付き合っている!」
「付き合ってないってば!」
「むしろ新婚夫婦だろう?」
「どうしてそういうことを思いつくんだよ」
そんなことを言い合いながら、通学路を自転車で走って行った。
教室に行けば、飯田が嬉しそうな顔でやって来る。
どうやら目的のコンビニで採用され、一日目の勤務を無事に終わらせたようだった。
「いや~、マジ忙しくって」
「そうだったんだ」
決まった先は駅前のコンビニで、客も多い。なので、同じ時間帯の女の子ともなかなか話せずにいると言う。
「でも、忙しいのも問題だよなあ……」
「まあ、ほどほどがいいような」
お正月の忙しさを思い出しながら、しみじみと頷いてしまう。
氏子さんの手を借りても、お正月の神社は巫女も神主も大混乱を極めるのだ。
「前、トムに女の子の話をしたよな」
「コンビニの同僚?」
「そう。久々に見たら、なんかすげえ痩せてて」
げっそりと頬がこける程やせ細っているらしい。
「でも怖いのはさ、痩せてんの、その子だけじゃないんだ」
店長に交代の大学生バイト、三十代後半くらいの主婦など、飯田が通っていた頃に見知っていた店員全てが痩せているのだと話す。
「儲け過ぎてああいう風になったのか?」
「どうだろう」
従業員のほとんどが、五キロから十キロほど落ちていったらしい。
「最近食欲もないし、毎日酷く眠いって。これ、おかしいだろ?」
「……」
ニヤけ顔だった飯田が、どんどん深刻そうな顔になっていく。
今まで浮かれていたらしいが、第三者に話をするうちに、だんだんおかしな状況下にあると気付いたらしい。
「なあ、やっぱりこれって――」
言い淀んだので、祟りかと聞いてみた。
「や、やめろ! 怖いだろ!」
バンと肩を叩かれてしまった。微妙に痛い。
ホームルーム開始のチャイムが鳴れば、飯田は「またあとで」と言って自分の席に戻って行った。
それにしても、原因不明の従業員の激痩せ、か。
忙しいからといっても、みんながみんな同じように短期間で痩せるのはおかしなことだ。
あやかしが絡んでいるに違いないと思った。
学校帰りに寄った方が近いが、残念ながら俺には霊感がない。行っても原因を探ることは不可能だろう。
家に帰ってミケさんを連れ、バスで向かわなければならない。
とりあえず、父にメールをしようと思った。
昼休みに父から返信が届く。
放課後にミケさんを車で学校に連れて行こうかと書いてあった。
母が買い物に行くついでに送ってくれるらしい。
校門は目立ってしまうので、図書館前の公園で待って貰うようにお願いメールをした。
昼休み、自販機の前で何を買うか迷っている飯田を発見する。
パンを持っていたので、今から昼食のようだ。
決まらない様子だったので、アドバイスをしてあげる。
「パンだったらコーヒー牛乳一択だろ」
「だがしかし、いちごミルクも捨てがたい」
「女子か」
今日もコンビニのバイトが入っているのかと聞けば、そうだと答える飯田。
コンビニに冷やかしに行くと言えば、待っていると言われた。
放課後、自転車で公園に向かう。
ミケさんはベンチに姿勢よく座って待っていた。
下駄箱で西川に掴まり、五分ほど話していたので微妙に集合時間に遅れてしまった。
「お待たせ、待った?」
「いえ、大丈夫です」
公園内を闊歩する鳩を眺めていたらしい。
「最近餌をくれる人が減って世知辛いと言っていました」
「鳩の言葉、分かるんだ」
「ええ」
ミケさんの意外な特技を知ることになった。




