第93話 話すことは大事 ―R side―
ドサッと椅子に座って、天井を仰ぎ見る。
もう、何日ソフィア――ユイカの顔を見ていないのだろうか。
夜中に覗きに行くことさえ出来なくなった。
ユイカに怒られて、ナルサスと1対1で話した。
最初は話が通じなかった。
俺が言う言葉と、ナルサスの言葉は、全く互いに理解できなかった。
俺もナルサスも、端からこうだと決めつけて話していた為だ。
でも日数を掛けて話すと、漸く互いの話を聞くことを覚えた。
そして今、ナルサスはユイカにしたことが、俺に対しての溝を深めたことに気づいた。
それでも俺がナルサスを許すことが出来ないのは仕方が無い。
もしユイカを失ったら、二度と俺はナルサスと話すことさえなく、その命を奪うことに躊躇しないことにナルサスが分かったからだ。
ナルサスはユイカさえ俺から引き離せば、自分の元に戻ってくるだろうと信じて疑わなかった。
漸く得た俺の宝を、奪っても俺は恨みこそすれ、ナルサスの元に行くはずもない。
………そういう事さえ分からなくなるほどに、俺はナルサスと――昔の仲間との会話をしなくなっていた。
王家の子だから、王太子だからと、俺も自分の立場に固執した。
………サンチェス国王女との婚約が出来て、結婚も目の前にして、俺は自分の立場を守るために動いていたのだと。
無意識でやっていた行動が、ナルサスを追い詰めた。
『何のために言葉があると思っているの』
ユイカの言葉が頭を巡る。
その通りだと思った。
仲間にもナルサスにも、感謝していた。
自分が今生きているのは、彼らがいたからだ。
仲間に引きずり込まれたのは、幼さ故の過ちで。
それによって裏社会に身を置いてしまったけれど、そうならなければ俺は今ここにいないだろう。
そういう意味での感謝。
生きていなければ、ユイカと出会えなかった。
………それを棚に上げて……世界がもう違うのだと、彼らと向き合うことを避けていた報いだ。
その報いをユイカに負わせてしまった。
ナルサスに首を絞められていたユイカ。
ナルサスを蹴飛ばしてすぐさまユイカを抱き、名を呼んだけれど目を開けることも、俺を呼んでくれることもなく…
全身に擦り傷。
首筋にくっきりと付いたナルサスの手形。
動かない宝物。
頭が真っ白になった。
何も思考できなかった。
気づけば上階で昔の仲間に囲まれ、剣を振るうことに何の躊躇もなかった。
ユイカのいない世界など、どうでも良かった。
こいつらを始末して、ユイカの元へ行くのだと。
立場も何もかもどうでも良かった。
もう一度世界に色が戻ったのは、思考が戻ったのは、動いているユイカを見た時。
あの時、改めてユイカを失えないと思った。
ユイカを失えば、俺は何をするか分からない。
ナルサスにもそう説明した。
生きているのは確かにナルサス達がいたからだ。
でも、これからも生きていくのには、ソフィア・サンチェスが不可欠だと。
ソフィアがいなければ、俺は生きるのを止めると。
そうやって漸くナルサスは俺に頭を下げた。
これから先、ナルサスがユイカに危害を加えることはないだろう。
「………行かないんですか」
「………どこに」
「ソフィア様の所にです。ここ数日行かれてないでしょう」
「………」
ルイスに話しかけられ、俺は顔を向けた。
………会いたい。
………でも…
「………なぁ」
「何ですか」
「………俺ってこんなに臆病だったっけ」
「何を仰いますか。王太子の辞書にそのような言葉はありません」
滅茶苦茶怪訝そうな顔で言われた。
「失礼だな!」
「事実でしょう。端から見て気持ち悪いぐらいに当たって砕けろの王太子の行動を見ても、ソフィア様は受け入れていましたからね。今更臆病になってやめれば逆にソフィア様が疑うと思いますが」
「え……?」
「………何か?」
「………気持ち悪い……?」
気持ち悪い行動って何だよ!?
「今更何ですか。普通なら相手が嫌がっている行為だと気づけば止める所を、王太子は継続しますからね。尊敬しますよある意味」
「例えば!?」
「淑女のベッドに無理矢理潜り込む行為。首輪や拘束具で脅す行為など、ソフィア様が嫌がったり真っ青になっているけれど、継続してますよね」
「いや、可愛い反応するだろ!? 俺はもっとソフィアの可愛い反応が見たいんだ!」
「そうやって押しつけていることも、ソフィア様は受け入れています。ので、寛大なソフィア様を尊敬します。そして王太子をこんな風に、臆病という言葉を覚えてしまう程に変えてしまうソフィア様以外に貴方の伴侶は務まらないでしょうね」
………酷い言われようだ。
だが…
「一緒に寝るのは譲らないぞ!? 俺はソフィアと一緒に寝たいんだ!」
「………最近顔を見ることに怯えている貴方が?」
「ぐっ……こ、拘束はソフィアが危険な目に遭わないようにと!」
「貴方以外を見て欲しくないからでしょうが」
「うっ……」
「四の五の言わずにさっさと会いに行きなさい。貴方に嫌われたと思ってソフィア様が落ち込んでしまっているかもしれませんよ?」
ルイスの言葉に、俺はバッと立ち上がる。
「何だと!?」
「どんなに忙しくても会いに行っていた貴方が、急に顔も見せなくなった。当然陥る思考かと」
「お、俺はソフィアが俺に呆れてしまわないようにと、ナルサス達との対話を!」
「それ、ソフィア様に説明していませんよね?」
自分の顔色が青くなっていくのが分かった。
慌てて書類をルイスに渡して執務室を飛び出した。
やれやれとルイスが呆れているのが横目に映っていた。
やっぱり俺は女心が分かっていないようだ。
俺は全速力でソフィアの部屋に向かった。




