第738話 従者達のひととき③ ―S side―
大変お待たせ致しました。
亀更新となって申し訳ございません。
「きゃー!」
街を歩いていると、前方から悲鳴が聞こえてきた。
更に街の人が悲鳴の聞こえた方へと、何が起こったのか確認するために近づき、人だかりになっていた。
「………なんでしょう?」
「見てきます。ソフィー殿はここで待機していて下さい!」
首を傾げる前に、サッとヒューバートが駆け出し、すぐに人混みに紛れていった。
さすが騎士と言うべきなのだろうか?
先程までの気安さが混じった言葉遣いではなく、騎士のそれになった。
更にフットワークが軽いといえばいいのか、隣に視線を移す前にヒューバートの姿が瞬く間に消えたのだ。
「………でも、婚約者を放っておくのはどうかと思いますけれど」
ため息をつきたくなるけれど、騎士の習性では仕方がない。
わたくしも姫様に何かあったと知れたら、脇目も振らずに駆けていく自信がある。
きっと、考える暇もなく。
通行の邪魔にならないように、脇へと移動していく。
お店の壁に寄りかからせてもらいましょうかね。
と、向かいのお店の方へと身体を向け、寄りかかろうとすれば、一瞬何かが視界を通った。
違和感があり、心に引っかかりを覚えたのだ。
普通の街の人なら、そんな事はなかっただろう。
注意深く観察すると、お店とお店の間の路地、光の差さない暗闇の中で何かが動いた。
「………」
暫く考えた後に、騒ぎが起こった方を見るけれど、まだ治まってはいない。
ヒューバートが帰ってくるまでには、まだ時間がかかるだろう。
本当は動かない方がいいのでしょうが…
気になったわたくしはその路地へと向かった。
トクトクと心音が早まった気がする。
そっと路地を覗き込むけれど、そこには何もなかった。
何か動物でも横切ったのかもしれない。
何もなくてホッとする。
そして元の場所へ戻ろうとした。
「――――――の?」
なのに、人の声がして足が止まる。
そっと耳をすませてみる。
精霊の力のおかげか、わたくしは耳がいい。
微かな声でも拾ってしまう。
勿論、普段は意識してないから通常の人並みの聴力だけれど。
緊張していたせいだろうか。
感覚が研ぎ澄まされている。
「そうだ。元に戻っている。それもほんの僅かな時で」
「そんな……」
1人は男。
もう1人は女。
声だけで判断だけれども。
「ちゃんとわたくしはやったわ!」
「ああ。見ていたから知っている。だがこれでは失敗だ。例の物はやれん」
「そんな! 元に戻ったのはわたくしのせいではないわ! わたくしはちゃんとやったもの! だから、約束を果たしてちょうだい!」
「ダメだ」
「お願いよ!」
………裏社会の人間だろうか?
例の物、とは何のことだろうか?
犯罪なら、ラファエル様と姫様に報告しなければ。
「今ならちゃんと彼はわたくしに振り向いてくれる可能性があるのよ!」
「………ふん。今まで相手にされていなかったのを忘れたのか? 今でも変わらないだろうよ」
「そんなことないわ! 彼がやっと女性に目を向けるようになったの! だからお願い! わたくしはちゃんとやったわ! サンチェス国王女の侍女を引き離すアレをちょうだい!」
思わず息を止めてしまう。
“サンチェス国王女の侍女”
“彼が女性に目を向けるようになった”
考えなくても分かる。
それはわたくしとヒューバートの事だと。
「サンチェス国王女の花壇を枯らせ、悪意を持つ者はいると示す。その後も徐々に追い込んでやろうと思っていた。だがたった1日すら保たず、王女の目にも触れなかった。それでは意味がない」
「それは貴方の問題で、わたくしはやるべき事はやったじゃない!! はやくその彼の意識を奪う薬を渡しなさい!」
――見つけた。
わたくしは足音を立てないようにゆっくりと路地へと入った。
姫様の花壇を荒らした不届き者。
やっと見つけた。
絶対に許さない。
わたくしは戦闘能力は皆無だけれど、精霊の力がある。
拘束するぐらいわけないはず。
息を殺しながらお店の裏にいるだろう2人に忍び寄っていった。




