第719話 バッドエンドはいりません⑧
ガシャーンッ!!
大きな音が大食堂に響いた。
魔王との会食を終え、ルイスが魔王を客室へと案内して、暫く経った頃だった。
私はもう感覚さえない舌を、医師に診てもらい、薬をもらって飲んだ。
何故すぐに食べるのを止めなかったのか、と医師にはしこたま怒られた。
縮こまっていると、ラファエルが頭を撫でてくれた。
その後、お茶を飲むことを許可され、アマリリスに入れてもらったお茶を飲んでいたときだった。
大食堂に音が鳴り響き、殺気で充満したのは。
音の出所を見ると、ピクピクと痙攣しながら壁に激突している料理長がいた。
そして、その前にはこちらに背を向けているラファエルが。
「………ソフィアが食べ物を捨てることを嫌っているからの所業か? 俺が奪って食べるとは思っていなかったのか?」
「………」
料理長は何も言わなかった。
………いや、言えなかった。
おそらく意識はあるだろうけれど、日頃の内勤で鍛えているとは思えない。
ラファエルの渾身の一撃で、悶絶しない一般人はいないだろう。
止めようかとも思ったけれど、私の侍女達に周りを固められ、近くには騎士が控えて、「立つな」という無言の圧力もあって、静観するしかなかった。
………喋ってはダメだとも言われたし…
「ら、ラファエル様……料理長は……」
「黙れ」
殺気を込めた視線を向けられ、ヒッ…と料理人は後ずさった。
顔色は真っ青だ。
「お前達は、ソフィアが王女ということを忘れていないか? 同盟国であるサンチェス国の」
「………」
ぷるぷると震えながら俯くしかない料理人達。
「それに俺の婚約者だぞ。愛しい婚約者にこんな仕打ちをされて、俺が黙っていると思っているのなら――」
すぅっとラファエルが目を細める。
それによって、ますます殺気が濃くなったような気がした。
「よっぽど能なしに見られているか、ありもしない優しさを兼ね備えている、と思われていそうだ」
………いや、ラファエルは優しいよ……?
私のために今怒っているラファエルが、優しくないとしたらなんだろうか。
「しかも、少量の毒まで仕込んでいただろ」
………毒!?
ラファエルの言葉にパッとまだ近くにいてくれている医師を見ると、微かに頷いていた。
うそ……
ど、どれにだろ……
は、吐き出させないってことは、心配ないのだろうか……
「………良かったね? ソフィアがあの場で倒れなくて。王女といえども毒に慣らされてて」
そ、そうなの……?
毒に少なからず耐性を持っていたから助かったのか……
あ、もしかしてさっき飲まされた薬は、解毒剤も入っていたのだろうか?
「毒味役も刑罰対象だから覚悟しておくんだね」
クイッとラファエルが顎で騎士達を動かし、料理人達は拘束された。
それを尻目にラファエルが私の方へ歩いてきて、そっと姫抱きされた。
「らふぁぇる……?」
「舌足らずのソフィアは大いに可愛くて愛でたいけど、喋らないでね? 舌が元に戻るまでは」
そうでした!
こくんと頷くと、ラファエルは微笑んで私を部屋へと運んだ。
「さて、ここからはソフィアへの説教だね」
笑顔のラファエルさえいなければ、私の今日はこれで平穏を取り戻したと思えたのに……
固まった私を楽しそうに見ながら歩くラファエルに、少し恨みがましい視線を送ってしまった。




