第718話 バッドエンドはいりません⑦
『うむ。美味だな』
私は初めて使用した大食堂。
まさかの魔王と相席するのだとは思わなかった。
上座にラファエルと魔王が座り、私は下座。
魔王の声は頭に響いてくるから問題はないとして、ラファエルの受け答えは聞こえない。
………何メートルあるのだろうか。
これ、私がいる意味ある……?
まぁ、いいけど……
ラファエルと魔王の前には豪華な食事が並んでいる。
ビュッフェ形式ではなく、1皿1皿個人分で。
私のは……
「………ある意味イジメかも?」
アマリリスが作るような食事が並んでいる。
それこそ和食御前というか…
いいけどね別に…
ラファエルや魔王の前にある何皿もの豪華な食事なんか出されたら、数日寝込むかもしれない量だし。
誰とも会話する必要ないから細々と、黙々と食べる。
………しかし、やはりというか……私は相当料理人の逆鱗に触れているらしい。
味付けが……濃すぎる……
いくら何でもないわ~……と思ってしまうぐらい。
辛い、しょっぱい、酸っぱい……
舌がヒリヒリする。
………腹が立つのは分かるけど、これはないわ…
表情に出てなければいいのだけれど……
食事を見た瞬間、ラファエルの眉間にシワが出来たけれども、何も言わなかった。
私が和食を好んでいるから、料理人が気を使ってくれたのだろう、とでも思っただろうし。
何か言われたら、私もこっちの方が好きだと言っただろう。
『王女とやらの食事は随分質素だが、そんなものが好きだとは変わっているな』
ふと頭の中に魔王の言葉が響いて、王女、と言われたから私に言われていると知る。
声は届かないから、笑みだけ作って返す。
すると不思議そうに首を傾げられた。
『頭で会話できるだろう?』
『それではラファエル様に届きませんので』
『………ふむ……』
何のことでもラファエル抜きで話してはいけないだろう。
公式の場であるし、届かないと分かっていて声を出したくもない。
それをすれば魔王の言葉に返しているけれど、周りの使用人には独り言を言っているにしか見えないからだ。
変な王女……とはもう思われていると思うけれども、これ以上印象を悪くする必要はないだろう。
………何より、喋れるような舌、とは言いがたい。
………このヒリヒリは当分続くだろう。
喉が焼けてなければいいのだけれど……
「………っ!?」
卵焼きもどきを口に入れた瞬間、今まで以上の痺れに襲われた。
バッと唇を押さえる。
こんな所で吐き出すわけにはいかない。
思い切って固形のまま飲み込む。
続いて焦っているように見えないよう、ゆっくりとカップを取ってお茶を飲む。
喉に詰まっていた苦しい感じが無くなっていく。
けれど固形物が喉を通っていく感じがリアルで、良い印象はない。
飲み込んで一息つくと、視線を感じて見ると、ラファエルが凝視していた。
………ぁ……
知らぬ間に冷や汗が出てきた。
ラファエルが何か魔王に言い、こちらへ歩いてくる。
………ヤバいっ。
「ソフィア」
素早く料理を口に入れてしまおうとすると、パシッと手を取られた。
そしてパッと箸を取られて、更に卵焼きもどきを食べられてしまった。
「………ふぅん…」
ラファエルはチラリと視線を向けたのは、料理長だった。
顔色を青くして視線を下に向けている男は、おそらく処罰は免れないだろう。
更に同じく俯いてしまっている料理人も、グルなのだろう。
「もう食べなくていいよ」
「いひぇまへん――っ」
咄嗟に出した声は、通常の言葉にならずに、私は口を噤むしかなかった。
ラファエルが冷ややかな目のまま私の膳を持って上座に戻ってしまい、俯きたくなったけれども、魔王がいる手前出来なかった。
背筋は伸ばして微笑みを続けるしかなく、心の中でどうしようかとずっと考えていた。




