第713話 バッドエンドはいりません②
首筋に冷たいものが当たって、私は命の危険を感じた。
刃物なのか何なのかは分からないけれど、首筋に、だから似たり寄ったりだと思う。
「ひ、姫様から離れなさい!!」
震える身体で、アマリリスは叫んだ。
戦う術がないアマリリスは、逃げたって誰も咎めないのに。
いきなり現れたせいで、壁際で待機していた騎士達も、剣に手をかけただけで、私に近づけなかった。
だって、私は今人質状態だったから。
『………煩い小娘だな。死にたいのか』
「止めて!!」
アマリリスが危険。
そう思ったら、私の恐怖は吹き飛んだ。
「わたくしの侍女です! 手を出したら許さないから!!」
アマリリスは魔王と言った。
なら、魔物達の長というのは魔王ということなのだろう。
それが分かれば精霊の力でどうにかなるはずだ。
短絡的だとは思うけれど、精霊で太刀打ちできないなら、対処できる人はいない。
「姫様!!」
何を言っているんだお前、的な顔止めて。
私は侍女も大事なのよ!
「魔王! 姫様を離しなさい!! 姫様の代わりに私が捕まるから!」
「貴女何を言ってるのですか!! わたくしの代わりなど許すわけないでしょう!」
「姫様の代わりは誰もいないのです!」
「貴女の代わりも誰もいないわよ!!」
『………煩い』
「むー!」
私は魔王に口を手で塞がれた。
ドス黒い、ゴツゴツした手。
人の手とは到底思えない。
冷たい体温にゾッとする。
もしかして私の首筋に当たっているのも、魔王の手かもしれない。
『我の配下を好き勝手した人間のところへ案内しろ』
相変わらず頭の中に響く魔王の声にゾッとする。
耳から入ってくる魔王の言葉は、やはり人の言葉とは違っていて何を言っているのか不明だけれど。
私以外には聞こえていないのか、騎士達は睨みつけるだけ。
はいもいいえもこの状態では言えない。
ダメ元で頭の中で考える。
『何をするつもり』
『決まっているだろう。我の配下だ。人間の玩具ではない。散々愚弄してくれた礼をしなければならないだろう』
『………』
あの聖女は人だ。
ならば人として裁かれるべきだ。
魔王に裁かれれば、人とは違う理で裁かれるだろう。
それこそ、八つ裂き、とか…
それは気分のいいものではない。
けれど、これはこちらの言い分だ。
魔王は何も間違ったことは言っていない。
魔物を操って人を襲った。
魔物は元々魔王の下にいる。
それを勝手に使ったのだ。
魔王が怒るのは当然。
裁きたいと思うのは普通だ。
………どうしたらいいのだろうか。
暫く考えて私は魔王に提案することにした。
『………捕らえているのは、わたくしの婚約者でこの国の王太子であるラファエル・ランドルフ様です。ラファエル様とお話し合いをまずして頂けませんでしょうか』
『何故だ。我が人に指図される謂われも、話し合いも無意味だ』
『貴方は魔物達の王なのでしょう? 1つの種族の頂点に立つ方なのでしょう? であれば、この世界の各地の王と対等なはず。何かあればまず話し合うべきではないでしょうか。貴方は何故ここに現れたのですか。わたくしを人質に取らずに、直接地下牢へと踏み入れたら良かったのではないですか? わたくしの元へ来られたということは、何かしら伝えたいことがあったのではないですか』
『………』
いきなりこの部屋に現れたのだ。
罪人の聖女の元へ行くことなど、造作もなかっただろうに。
そう伝えればゆっくりと拘束が解かれていった。
バッと騎士が動き、私を引っ張って自分たちの背で隠すように立った。
初めて視界に入れた魔王は、何とも美形な方でした。
黒いまっすぐな髪が腰ぐらいまであり、切れ目で鼻筋は通っていて、唇も大きくもなく小さくもない。
耳はエルフの耳のように尖っていて、スレンダーで長身。
「………ぁ、これ攻略対象者っぽい……」
「………姫様……」
思わず小声で呟いた言葉に、アマリリスに呆れた顔をされてしまった。




