第712話 バッドエンドはいりません
「失礼します」
ラファエルとルイスが出て行ってから暫くすると、アマリリスが入室していた。
「姫様…」
そわそわしながら、私の顔色を窺ってくる彼女に首を傾げる。
「どうしたの?」
「あの、先程は伺えなかったのですが…」
先程……?
ああ、ラファエルが甘味を用意するように言った時ね。
「マジュ国は如何でしたか……? お怪我は……」
彼女が言いたいことを察し、苦笑する。
アマリリスは私と同じ『恋奪』の知識がある人間だ。
むしろ私よりよほど詳しい。
そして、『恋奪』のストーリーとあまりに違う展開に、心配になったのだろう。
「怪我はないよ」
「そうですか……」
ホッとする彼女に微笑む。
ストーリーと違っていれば不安になるのは分かる。
けれどもここは『恋奪』ではない。
アマリリスも分かっているはずだ。
けれど、類似の事件があったらそう思ってしまうのも無理はない。
壁際にいる騎士の耳に入らないように、アマリリスにだけ聞こえるよう、声を抑える。
「領土の一部を焼け野原にしちゃったけど、魔物の大量発生は何とか食い止められたし、マジュ国に残っている魔物の数はいつも通りぐらいになったと思うから、ガイアス王太子達だけで何とかなると思うよ」
「なら、良かったです。マジュ国は常に魔物が発生する国ですから、大量発生さえ何とか出来れば、通常通りと言えますし」
アマリリスの言葉に私は頷く。
彼女の言葉通りではあるのだろう。
完全に『恋奪』の世界観ではない、とは言えないのだから。
「でも、聖女の能力で魔物を大量に発生させるなんて、出来るものなの?」
「聖女が、魔物を……?」
アマリリスが怪訝そうな顔を向けてくる。
………あれ?
聖女が言っていた言葉は、本人の勘違い?
でも、操っていたのは事実だし、発生させてたのもこの目で見た。
「………それ、バッドエンドじゃ……」
顔色をなくして呟いた言葉に、私は眉を潜める。
バッドエンドって……
「アマリリス、詳しく」
「え? あ、はい。聖女が誰も攻略できず、しかも攻略対象者に嫌われてしまった場合、聖女はその役目を剥奪され、元の世界に戻ることも許されずに着の身着のまま放逐されます」
………放逐って……家畜じゃないんだから……
「それで、善人である聖女は絶望し、人を信じられずに、今まで倒してきた魔物の住み家へと向かい、魔物との意思疎通に成功し、魔物に愛される魔女へと変貌し、魔物の長である者の花嫁として手駒にされます。長の花嫁ですから魔物達は指示されたことを実行します。一定以上の魔物達は魔物が好む瘴気を放っている山を出ませんが、命令があれば人を襲うために山を出るでしょう」
………情報が多すぎる……
「………つまり、あの大量発生もやはり聖女が手引きしていた……? ラファエルに見向きもされなかったから……?」
「そうでしょうね。ですが、魔物の長の花嫁になったかどうかは分かりません。聖女の力で、消されたくなければと脅して無理矢理させたのかもしれません」
「………その場合、長は怒らない……?」
「怒るでしょうね」
………まさか……まだ、終わってない……?
「………ちょっとまって。だったら、魔物の長は、この国に来ないとは限らなくない!? 聖女に報復するために!」
自分の配下である魔物達を無理矢理操り、無差別に殺されたのだ。
その元凶を、私達はランドルフ国へ連れてきてしまっている。
それに実際に消した私達にも報復しようと考えるのではないのだろうか……?
サァッと顔色が真っ青になっていっている気がする。
全身が冷たくなったような感じだ。
血の気が引く、とはまさにこの事ではないだろうか……?
「………ない、とは言えません……」
「バッドエンドの最後は!?」
「た、確かマジュ国を消滅させ、人々も全滅させた後に魔物国として建国され、誰にも手出しできない国へと――」
アマリリスと顔を見合わせる。
「………マズいんじゃ……ガイアス王太子も、リーリエ王女も危ないっ!」
「で、ですが、そうなるとは……」
「最悪の事態を想定して動かなきゃ! ちゃんと警告を――」
ヒヤリとした空気が漂った気がした。
アマリリスが目を見開いて私の後ろを見ている。
「――――――――――――――――――――」
『………ほぉ。バカではない人間もいたようだ』
言い表せないような音が聞こえたと思えば、頭の中に声が響いた。
低い、……何とも言い表せないような不気味な声が。
「ま、おう……」
アマリリスがガタガタ震えながら口にした言葉に、私は今度こそ命は無いのではないだろうかと、冷え切った頭で考えてしまった。
血の気が引いて、全身が冷たいような気がしたし、そのせいで逆に脳が活発になっているらしい。
ひゅー…ひゅー…と口から声にならない息が出ていく。
スッと首筋に冷たい何かが当たった。
………ごめん、ラファエル……私、死ぬかも――…




