第700話 マジュ国⑦
私が感情を制御できなかったせいで、辺り一面に土煙が充満した。
「ごほっ……」
風精霊の力で守られているはずだけれども、見ているだけで喉が痛んだ気がした。
思わず咳き込んでしまった。
土煙が晴れるのに時間がかかると判断した私は、風精霊に風で煙を散らばらせてもらう。
視界がクリアになって見えたのは、廃村が跡形もなくなっていた風景。
木片1つ落ちてない、土だけの世界だった。
………私、砂漠にしちゃった……?
触手魔物もいない。
そしてヒロインも……
「………ぁ……」
私、人を殺してしまった……?
この力で……?
唖然とその場にへたり込んでしまう。
『………っ!? 主!!』
「ぇ……」
突如精霊の焦った声が聞こえ、私は訳も分からず間抜け面をしてしまっていたと思う。
ゴッという重い衝撃があったと思えば、宙を舞っていた。
………な、にが……
風精霊も油断してたんだと思う。
風の壁がなくなっていたから。
『主様!!』
シュルッと身体に木の枝が巻き付いたと思えば、浮遊感がなくなった。
木精霊が助けてくれたらしい。
「………ぃ……」
状況を把握するために頭をフルに使っていると、小さな声が聞こえてきた。
「………許さないわモブのくせにっ!」
あ、これはヒロインの声だ。
生きていたんだ……
命を奪っていなかったことにホッとすればいいのか、面倒なことがまだ続くことに憤ればいいのか、分からなかった。
視界に全身真っ赤に染まったヒロインと、数十本に及ぶだろう触手が向かってくるのが入ってくる。
あの大規模な爆発で、塵と化していないヒロインの生命力って、やっぱりヒロイン補正なのかな……?
目の前に迫ってくる触手が次から次へと消滅していっているのを眺める。
精霊達は容赦なく魔物を攻撃していく。
私のために。
私も何かしないといけない、と思うのに、身体が思うように動かず、木精霊の力で支えられているだけ。
ゴッと死角から背中に向かって触手が地面から勢いよく生えてきた。
それも精霊達が防いでくれる。
「な、んなのよっ! 何なのよその力は!! モブのくせにっ!!」
………いい加減、こっちもムカムカしてくるのよね。
さっきからモブモブ煩い。
私には――
「わたくしは、サンチェス国第一王女、ソフィアです。他国の、それも異世界から召喚されてきたこの国の階級でしか与えられていない聖女サマとやらに、失礼な物言いをされる覚えはありませんわ」
「なっ!?」
「貴女は確かにこの国では聖女なのでしょう。国王以上に崇められる立場なのでしょう。けれど、それはこの国でだけのこと。他の国では貴族位のないただの平民である貴女は、わたくしに声をかける資格などございません。ましてや、謁見さえ許されない立場です。それなのにこうして危害まで加えられました」
もう、容赦する必要もないわよね。
「共通規約に則り、国へ報告させて頂きます。こちらの国王が他国王族に対して非道を行った平民に対して甘い処罰を下すなら、サンチェス国と全面戦争になることも頭に置いておいてくださいませね」
ズキズキと全身が痛む。
熱を持っているようでクラクラする。
けれど、王族として、弱みを見せるわけにはいかない。
私はニッコリと微笑んだまま、彼女に言い放った。
サンチェス国に報告すれば、お父様とお兄様は容赦なくマジュ国と事を構えるだろう。
「な……なによ、そんなのっ!!」
言い返してこようとした彼女の周りにドスッと何かが落ちた。
「え……」
私も彼女も上を向いた。
大きな影が横切ったと思えば、次々に屈強な男達が彼女を囲むように降ってきた。
最初に落ちてきたのは、騎士の剣だったらしい。
彼女を囲むように等間隔で囲むように落ちている。
そしてその剣を引き抜き、彼女に突きつけた。
剣を突き立てたのは、彼女の一瞬の隙を作るためだろう。
「マジュ国聖女・アイ。サンチェス国王女ソフィアの誘拐、及び暴行を加えた容疑で拘束させて頂く」
………ぁぁ……
私の聞きたかった声が辺りに響いた。
「ラファエルっ!」
木精霊が拘束を解いてくれたので、私は降り立った火精霊の背から飛び降りたラファエルに駆け寄ろうとした。
けれど心と体は別で、私の身体はすぐに倒れ込んだ。
………ふっ……
私にヒロイン補正などあるわけがない。
見事に顔面から地面とキスですけれど、なにか?
周りに音がなくなりましたけれども、なにか?
「ソフィア!!」
慌てて駆け寄ってくるラファエルに、先程の威厳ある声色はない。
………私のせいで全部台無しだわ……
苦笑する私を、ラファエルの腕が優しく抱き上げてくれた。
「ぁぁ……ソフィア……こんなに傷ついて……ごめん……」
泣きそうな顔で謝ってくるラファエル。
ラファエルのせいではないのに…
私は気にしないで、という風に示すため、ラファエルの首筋に抱きついた。




