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第682話 いつもの光景⑤ ―F side―




わたくしは、ソフィア・サンチェス王女付きの侍女フィーア・アシュトン。

元侯爵令嬢で、現在はアシュトン公爵の養女。

元侯爵であった父の罪、そして姉の罪により、爵位を取り上げられ、平民落ちしたのに姫様が侍女にしてくれ、更にアシュトン公爵の養女としてくれた。

身内の罪の償いは元より、優しい姫様付きになり、一生この方の傍でお仕えすることに決めた。

汚れた服でせっせと働く同僚のアマリリスを、視線で追いながら黙っていると、姫様に着替えるよう言われて慌てて走り去っていく彼女。

思わずため息をつく。


「………姫様」

「なぁに」

「あまり侍女を甘やかさないでください」


わたくしの言葉に姫様はキョトンと首を傾げる。

………分かっておられない……


「先程、アマリリスが走って行ったでしょう」

「………ぁぁ」


納得した、と頷く姫様。


「嗜めるのも姫様の役目ですよ」

「この部屋の中ならいいじゃない」


………こうやって使用人を甘やかすのもどうかと思う。

優しい方なのだけれど…ね……


「うっかり外でやってしまいます」


わたくしの苦言に姫様は笑うだけ。

………直す気は無いようだ…


「そこまでアマリリスはうっかりしてないでしょう」

「………」


わたくしの表情に苦笑し、姫様は言うけれど…

結構アマリリスは外でもやらかしてしまうこともある。


「全面的に信用するのは如何なものかと……」


壁際に立っているヒューバートの視線が痛いですよ。

気付いてて無視しているのでしょうが……

アルバートはともかく、ヒューバートはこういう事は許さないだろう。

公爵家の人間だし。

オーフェスよりは細かくはないだろうけれど。


「主人として、自分付きの者を信用できないなら、今ここにアマリリスもフィーアもいないわよ」

「っ……」


サラッと言われた言葉に息を飲む。

姫様は何でもないような顔をしてお茶に口を付けているけれど。

使用人として、これ以上の賛美の言葉があるだろうか?


「まぁ、今はアルバートとジェラルドの信用は皆無だけど」


屈託なく笑う姫様の言葉にギョッとするのはアルバートだ。


「それは間違いないでしょうが」

「おいフィーア!?」


しれっと同意すると、壁に立っている大男が焦ったように声を上げた。

ギロッと思わず睨めば、ビクッとする。

アルバートは不本意ながらわたくしの婚約者だ。

あの大きな身体で意外と小心者っぽい。

姫様に面倒なことを持ち込むわ、考えなしに建物壊すわ、自分のことを何でも姫様に解決させようとするわ…

………何故わたくしがこの男と婚約するはめになったのか……

それは彼に言い寄ってきたサンチェス国の男爵令嬢の求婚を断るため。

そして貴族と婚約すれば解消は難しい。

それでも天秤にかけて彼はわたくしとの婚約を求めた。

それにわたくしが頷いただけ。

完全な政略であり、わたくしは姫様の命なら何でも受け入れると決めている。


「なんですかアルバート。姫様の前で」

「あ、いや……」


あれだけ毎日真顔でいられる――感情を表に出さないように訓練してあげているのに。

すぐそうやって狼狽えて、大きな声で怒鳴る。

身体に合った声量なのだろうけれど、煩くて堪らない。

………わたくしは彼との婚約だけには、頷かない方が良かったのかもしれない。

そう思ってしまう瞬間でもあった。

毎度のことなので、半分は諦めが入っているけれど。


「ああ、そういえば訓練場の入り口の修理費は足りているの?」

「全然足りておりませんので、もっと働いてもらうしかないですね」


サッと表情が変わるアルバート。

給料を食事につぎ込めなくなった分、アルバートのお腹の虫は頻繁に鳴る。

その上罰で訓練量が倍になっているため、夜には屍のようになっているときもある。


「そう。頑張って」


あくまで姫様は突き放すだけなので、ガックリと肩を落とす彼。

………だから表情も態度も出さないで。

やっぱり特訓は続行しなければならないらしい。

わたくしも付き合うのも続きそうだ。

そっとわたくしは息を吐いた。


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