第681話 いつもの光景④ ―A side―
コトッ…と花瓶を置けば音がする。
私とジェラルドが選んだ花が、姫様の部屋の机に飾られる。
「アマリリス怪我はなかった?」
「はい。姫様のおかげです」
………というか、見習いに心を砕くことなんて必要ないのに。
姫様は最初からこうだ。
普通の貴族令嬢なら使用人は身の回りの世話をして当然。
揉めても興味なく、興味があるのは自分のこと。
一々使用人が何を知って何を思っているかも興味は無い。
あの場に他の令嬢がいたとして、汚された通路を見て知らないフリするか、あるいは罵声を浴びせるか。
後から気遣うことなどない。
………それは昔の私も当てはまる。
自分はヒロインだから、と男爵家で好き勝手してた。
あの時の私が姫様の行動を知れば、それこそ鼻で笑っただろう。
「姫様はお気になさらなくていいんです。侍女に、それこそ自分付きの侍女、それも見習いなど、してもらって当たり前。他の者にちょっかいかけられようとも自分で解決しろ、と突き放すのが正解です」
私の少しなっていない口調も、言葉も、姫様は笑って流すのだから…
「私付きの者を気にかけて何が悪いの」
むしろ胸張って当然って顔で、更に誇らしげに言うものだから、苦笑するしかない。
「しょうもないことだったら私も口出ししないわよ」
………姫様、その言葉に壁際に立っているヒューバートの視線が鋭くなったわよ。
しょうもない、なんて姫様が使う言葉ではないでしょう…
「でもあの場所は多くの人の通行があるのよ? そんな場所をわざと汚したり、水浸しにしたり」
「………」
確かにあの通路は人の往来が結構ある。
呼び出しを受けた貴族や、謁見を申し込んで許可が出た者なども通る。
今は制限されているけれども。
もし、あの行為で貴族位の人達が足を取られて転んだら……
「第一ラファエルも私も使うのよ? ありえないでしょ」
「はい」
それこそ騒ぎにならないはずもない。
あのまま姫様が気づかずに――他の者と会話してて足を取られたら……?
………考えたくもない!!
「それにアマリリスの安否は部屋の中で聞いたじゃない。あの場では心配でも口に出さなかったでしょ」
「そうですね」
………でも姫様。
怪我しているかもしれないのに、聞く前に花を摘みに行かせましたよね。
まぁ、あの場から離れさせる目的だったんだろうけど。
「今後もそれでお願いします。部屋での心配も不要ですけれど」
「心配も口に出せない王女って最悪ね!」
ぷりぷりと姫様は口調上では怒る。
けれどその顔は別に気にしてはいないのだろうとわかる、いつもの表情だった。
これは今後も変える気は無いのだろう。
姫様が、たかだか侍女見習いの注意を聞き入れる必要はないのだけれど…
………誰にも(姫様付き以外に)知られてないのだからいいのだろうか…
私は思わず息を吐いた。
「あ、ごめんアマリリス」
「………ぁ、はい?」
突然姫様に謝られ、首を傾げた。
「随分服を汚しているわ。私が止めるのが遅れたから」
そう言われて見下ろすと、酷い有様だった。
びちゃびちゃのドロドロ。
汚れた雑巾に水濡れ、そしてジェラルドの突撃のせいで。
これで今まで姫様の前を彷徨いていたの!?
「申し訳ございません!! すぐに着替えと掃除を!!」
姫様の返事も聞かずに、私は侍女待機室へと飛び込んだ。
予備の制服はここにも置いてある。
手早く脱いで洗濯用の籠に放り込み、汚れている肌を手早く拭いて新しい制服を着込む。
『アマリリス。気持ち悪いでしょ? 入浴してきていいわよ』
「勤務中です!!」
優しい姫様の言葉を聞いて、思わず涙ぐみそうになり、慌てて叫んだ。
有り難いけれど、こんな状況でのんびりお風呂なんて入っていられないわ。
部屋に戻ると、姫様は困ったような顔で笑っていた。
「姫様のお心遣いは感謝してますが、私を仕事を投げ出す侍女にしないでくださいませ」
キッパリ言うと、姫様は苦笑し、分かったと折れてくれた。
それに感謝しつつ、業務へと戻った。




