第674話 コロコロ変わる
「………ないな」
私は庭園の真ん中に突っ立って、顎に手を付けて呟いた。
私が捜索を担当した茶会の会場になったところには、別段何もなかった。
当然といえば当然。
侍女と使用人に扮した精霊達が立ち上げから片付けまで行ったのだ。
目に見える不審物など見つけた瞬間に報告があって当然。
花壇の花が枯れたということは、液体を花か土に浴びせられた可能性が高い。
私は花壇に近づいて覗き込む。
「………せめて花が残ってるか、土が残ってればな……」
それなら原因が分かったかもしれない。
勿論、私に知識は無いから、研究者にお願いするしかないのだけれど。
「ソフィア様、こっちにはなんもねぇぜ」
「こちらもです」
手ぶらで近づいてくる2人にため息をつく。
早々見つかるわけもない、か…
「ありがとう。もう戻っていいわよ」
「何を言ってるんですか」
「俺らは今日のソフィア様の護衛だぜ」
………そうでした。
「2人とも汚れちゃったわね。着替えてきていいわよ」
「ですから、離れられません」
「………じゃあ、1人が行って帰ってきたらもう1人が行って」
「「………」」
ヒューバートとアルバートが顔を見合わせ、おもむろにため息をつく。
失礼だな。
先にアルバートの方になったのか、走り去っていく。
「何を投げ入れられたのかが分かればいいのにな……」
「投げ入れ……ですか……?」
「そう。液体をかける以外に、花が枯れるわけないもの」
単純に毒物か……他に何か植物が枯れるような物ってあるかな……?
あ、乾燥剤的なもので土の栄養とか水分を無くしちゃったとか……?
それだったら精霊が元に戻してくれたから、証拠は残ってないか…
でもそれなら、入れていた容器は持って帰ってなければ、この辺にあるだろうし…
一緒に消されちゃった?
「ソフィア様……」
「………ぁ、何?」
考え込んでいたから一瞬反応が遅れた。
ヒューバートに視線を向ける。
「………お泣きにならないのですか……?」
「………はぃ?」
何を言われたのか分からなかった。
………泣く?
私が……?
「………何故?」
「何故……いえ、大切なお庭に手を出されたのです。悲しまれるかと……」
「………ぁぁ、そういう……」
言葉の意味を理解して1つ頷く。
「期待外れで悪いのだけれど、実は結構予想してたのよね」
「………は!?」
ヒューバートに二度見されたよ…
よっぽど私の言葉が予想外だったようだ。
「ローズにも言われてたしね。私を妬んでいる相手が、私の大事な花壇に手を出すかもしれない、って」
「ならば何故ここを会場にしたのですか!?」
「そうならなかったかもしれないから」
「………ぇ」
「起こるかもしれない可能性より、起こらない可能性を信じて、私はここを会場にしたの」
優しい風が吹き、色とりどりの花たちが揺れる。
まるで遊んでいるように。
嬉しそうに。
「結果は残念だったけど、私は後悔してないから」
微笑めば、ヒューバートが眉を顰めて視線を逸らした。
その暗い表情は、私の代わりに泣いているように見える。
「ヒューバート」
「………はい」
「私の代わりに、怒ってくれてありがとう」
「え………」
今度は目を見開いて私を見てくる。
コロコロ表情が変わって、イケメン騎士が可愛く見える。
くすくす笑うと、困った顔になる。
「証拠は何もないし、ソフィーが回収したか、精霊が回収したか、証拠は持ち去られているか、だね」
「………申し訳ございません。私どもが警備していながら……」
「どうしても距離的に死角は生まれるからね」
騎士達は会場をぐるりと囲むように配置されていたから、言い争いなどが起きれば分かるだろうけれど、花壇で囲んで何かをしていたら見えない。
仕方がなかったと言える。
「花で良かったよ」
「………ぇ……」
「勿論、枯れてしまった花たちには申し訳ないけど、人が傷つけられてたら貴族同士の争いで、国内が荒れたかもね」
「っ……」
手を出したのが旧国派なら、新国派と争いになる。
逆も然り。
中立派ならこんな事はしないだろう……多分。
「………ソフィーがやるなら、精霊を巻き込んでの国中の精霊が動くでしょ」
「そう、なんですか……?」
「ソフィーの親は私の契約精霊、って事になるだろうからね」
なにしろ究極精霊がソフィーに力を与えて、この世に生まれたからね。
「親が子に頼まれたら、動くだろうし、私のお気に入りの場所を荒らして、契約精霊が怒らないわけないじゃない」
「………ぁ! こ、ここを直したのはソフィア様の……!?」
「………ぇ……今頃気付いたの……?」
いつもの鋭さはどうした。
固まってしまったヒューバートに、私は苦笑するしかなかった。




