第671話 真夜中の事件 ―H side―
ソフィア様主催の茶会の後、ソフィア様に責められた。
元々自分が悪いのだけれど。
ガーネット・クラークの名前は知っていても、顔も知らない、話したこともない。
婚約者だったのにも関わらず。
それは、俺の女性苦手のせいであって、責められても仕方がない。
ソフィー殿に想いを寄せるまで、女性に興味も無かったのは事実で。
ソフィア様に見慣れたから、瓜二つのソフィー殿を見られるようになり…
そして人となりを知って、好きになってしまった。
………こんな剣だけの俺のことを、ソフィー殿が好いてくれるはずもない。
そう思っていたからアプローチもしなかった。
そんな俺が今、ソフィー殿の婚約者なんて、奇跡に近い。
慣れてない俺は当然、からかいを含んでいるだろうソフィア様の言葉に赤面し、固まってしまう。
オーフェスに外に叩き出されるのも無理はない。
あの状態で、ソフィア様をお守りすることは困難だ。
そんなこんなで、ソフィア様の部屋の周りの巡回へと出ていた。
頭を冷やす意味もあった。
王宮の庭園の辺りも一応巡回しておこう。
そう思って足を伸ばした。
そしてソフィー殿が暗闇で1人立っていたのを見つけた。
「ソフィー殿?」
光もない暗闇の中でいれば怪しまれてしまう。
そう思って声をかけた。
何故周囲を照らす道具さえ持っていないんだ?
「………ヒューバート殿……見回りですか?」
「はい……ソフィー殿はこんな所で何を――っ!」
ソフィー殿が見つめていた先、そちらに視線を向けて息を飲んだ。
「こ、れは……!!」
ソフィア様のお気に入りである庭園の花壇の花たちが、萎れていた。
「なん、でっ!」
急いでかけより、膝をついた。
「………恐らくお茶会の時に仕込まれたのだと思います」
「なっ……! あれだけ人目があったのに!?」
「花に触れている夫人や令嬢もいましたから、見えない角度で薬を仕込まれたら、分かりませんね」
「っ……!」
淡々と話すソフィー殿を見上げる。
「どうしてそう冷静に、客観的に説明できる!? こんなっ! ソフィア様に対する悪意ある行為をされて!」
これではソフィア様に仇なしたと同義。
ラファエル様が黙っておられるはずもないし、ソフィア様に至っては、いくら気丈に振る舞おうとも瞳を潤ませてしまうかもしれない。
ソフィー殿も許せないはず!
ここを作ったのはソフィー殿で、ソフィア様の為にと贈られたものだ。
ソフィア様も喜んで、花を見ながらお茶を楽しまれているのに!
「――冷静、ですか」
「!?」
すぅっとソフィー殿が目を細める。
俺は、ソフィー殿を怒らせてしまったかもしれない。
「この、わたくしが? 姫様のためにと作った庭園を荒らされて、冷静にいられると……?」
「ぁ……い、や……す、すまないっ!」
やはり怒っている。
つい俺は責めるような言い方を…
「………わたくし以上に怒っている方もいらっしゃいますし、すぐに解決すると思いますよ」
「え……」
ざぁっと強い風が吹き、朽ちていた花たちが一斉に消えた。
「なっ!?」
ど、どうなってるんだ!?
これは、ソフィー殿が……?
唖然としていると、ボコボコと土が盛り上がる。
何らかの薬のせいか濁って毒々しい色になっていた土が、水を含んだ良い土に変わっていく。
土がなだらかになれば、ポポポンッと次々に元の花たちが生えてきて花を咲かせた。
「へ!? な…え!?」
ソフィー殿が何かをしているような素振りは見せていない。
何が起きているのかが分からない。
「………ランドルフ国に住みながら、精霊達を怒らせることを考えられるのが凄いですわね」
「………そ、れは……どういう……」
精霊を怒らせた……?
「ヒューバート殿、こちらに異常はありません。姫様の元にお戻り下さい」
「………」
突き放される物言いに、俺は口を噤んだ。
ソフィー殿が今回の件を解決するというのか…?
たった1人で……
それともソフィア様に報告するのだろうか。
………いや、それはないか…
ここは元通りになった。
誰のおかげかは知らないけれど。
それこそ精霊のおかげ、かな。
ソフィー殿も精霊であり、俺にはない力を持っている。
………逆に人の身である俺は邪魔、か……
何も出来ないのだから。
「ソフィー殿」
「はい」
「………俺は、ソフィー殿の心を打ち明ける……受け止める器量のない男に見えてるのかな……?」
「え……」
つい口をついて出た言葉は、自分自身を追い込んだ。
………ダメだ。
それだけは。
ソフィー殿を、俺が傷つけるわけにはいかない。
唯一の、愛しい人なのだから。
「おやすみなさいソフィー殿」
「え、ぁ……」
これ以上、余計なことを言わないようにと、その場を後にした。
………俺もソフィー殿も、ソフィア様の従者だ。
けれど役割が何もかも違う。
従って、することも、やらなければならないことも違う。
ソフィア様の事に関して、ソフィー殿の仕事を手伝うことなど…口を出すことなど出来ない。
俺は早々にソフィア様の部屋へと戻った。




