第665話 王族主催茶会⑤
ソフィーを庇い、元婚約者というガーネット・クラークとの間に立ったのは、良くやったと褒めてやりたい。
けれどその後の……その後の言葉がっ!!
元々剣に夢中だったという事に関しては何も言うまい。
それは男にしか分からないことだろうし。
けれども……けれども!!
自分の元婚約者の顔ぐらい覚えておきなさいよ!!
精霊に会話を聞いてもらって、私の頭へと流してもらっていた。
ソフィーに何かあったら嫌だから。
何かあればすぐにフォローを入れないとと思っていたから。
けれど、助けに入ったヒューバートの方のフォローに回ることになるとは、思いもよりませんでしたよ!!
席を外すことを詫び、私はゆっくり、けれど心は焦りながら、3人に近づいていく。
「ヒューバート」
声をかけると、目を見開いて固まっていたヒューバートがさっと体勢を変え、私に頭を下げた。
「ご令嬢の前にいつまでもいるものではありませんよ」
「申し訳ございません。下がります」
ヒューバートがその場から離れる。
………さて次は……
チラッとガーネット・クラークを見れば、顔色真っ青で唖然と目を見開き固まっていた。
………そりゃそうだろう。
私ももし同じ立場だったとして、ラファエルに「誰だ」みたいに言われたら、真っ青どころか倒れるわ…
………ヒューバートも、この件に関しては誰にも何にも言えないなぁ。
元の場所に戻ったヒューバートの顔色も悪い。
一応元婚約者に対して、悪いと思っているようだった。
「申し訳ございませんガーネット嬢」
「………っぁ……」
ハッと私を見上げてくるガーネット・クラーク。
私は何も知らない、聞いてない。
不思議そうな顔を作って彼女を見る。
「ソフィーも仕事がありますので御前を失礼させて頂いても……?」
彼女たちが会話をする前に、会話する度にあった沈黙は、決して短くない時間。
侍女であるソフィーは、来客をもてなす側。
立ち止まっていていいわけではない。
「っは、はいっ! お引き留めして申し訳ありません……」
「いえ、では失礼致します」
ソフィーは動揺を見せぬように仮面を被り、頭を下げてその場を離れた。
「ガーネット嬢? ご気分が優れないようですが……」
自分で言って、心の中で失笑する。
全て分かっていて、知らないフリして接しているのだから。
彼女とは、親しくなれる可能性はないだろう。
「も、申し訳ございませんっ……あ、の……本日は失礼させて頂いても……よろしい……でしょう、か……」
今にも泣きそうな顔で、けれど必死で歯を食いしばって堪えているのだろう。
わなわなと震える唇を視界に入れて、可哀想に思いながらも、私は何もフォローしない。
結果的にもうヒューバートの前に現れる事はないだろうし、ソフィーにも近づくことはないだろう。
明らかにソフィーしか興味が無い、的な態度だったヒューバート。
初めて元婚約者に面と向かって会えたのに、冷たい瞳で見られたのだ。
そう思えば、良かったといえば良かったのだ。
「そうですわね。お顔の色が優れないようですし……お1人でも大丈夫でしょうか……?」
「は、い……失礼……致します……」
ガーネット嬢は頭を下げ、去って行く。
死角に入ったと思ったのか、見えなくなる直前に口元を手で覆い、走っていく後ろ姿が見えた。
………可哀想だけれど、婚約者がいるのにも関わらず、元婚約者であるヒューバートに好意を持っているように見えた。
少し期待していたのだろう。
ヒューバートが自分を見てくれれば、再婚約出来るかもしれないと。
彼女は話したこともないヒューバートを、好いて、想いを諦めきれなかったのだろう。
「………けれど、もう、終わらせられたでしょうね」
あれだけキッパリとフラれてしまったのだから。
チラリとヒューバートの方へ視線を向けると、騎士モードのためか彼も私を見ていて、視線が絡むとビクッと彼の肩が跳ねた。
………何も言わないわよ……
呆れた目で見れば、気まずそうに視線を反らされる。
まったく……
これに懲りたら、少しは周りも見て空気を読んで欲しいものだ。
騎士としては優秀なのに、女性に関してはどうしてこうなのか。
私は心の中でため息をつくと、踵を返し会場へと戻った。




