第664話 王族主催茶会④ ―S side―
姫様の薄情者!!
そう、叫べるものなら叫びたかった。
目の前におられるガーネット・クラーク伯爵令嬢を前に、わたくしはどうしたらいいか分からなかった。
わたくしは姫様の義妹であれど、今ここでの立場は姫様の侍女である。
貴族令嬢を直接見ることも叶わず、ジッと下に視線を向けたまま。
伯爵令嬢が何をしているのか、何を考えているのか、など顔色を読むことが出来ない。
しかも侍女如きが発言できるわけもなく(主である姫様ならまだしも)、彼女から話しかけられるまでその場に留まることしか出来ない。
「………ぁ、ぁの……」
「………」
一言発せられた。
けれど、内容を知るまで――いや、知ってからも、質問でなければわたくしは口を開くことは出来ない。
こんな状況で、何を話すというのだろうか。
姫様の元へ行き、耳元でやはり薄情者と言いたい。
決して出来ることではないけれど。
姫様に恨み言を囁きたい。
そんなことを考えながら、ジッと重い空気に堪える。
「お、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか…?」
「ソフィア・サンチェス王女の専属侍女、ソフィーでございます」
やっと話が進むようだ。
自己紹介するのに、何分待てばいいのか…
「わ、わたくしはガーネット・クラークと申します」
「………」
「あ、あの……?」
………彼女は侍女を使い慣れていないのだろうか?
こんな人目の多い場所で、彼女に指摘することなど出来るはずもない。
けれどこのまま長時間拘束されるのも問題だ。
王女の侍女の足を長時間止めさせる。
この意味を、彼女は知っているのだろうか……?
視線だけ彷徨わせると、視界の端に知った顔が見えた気がした。
頭を動かせないのでしっかりと見ることは出来なかったけれど。
「………そ、ソ――」
「失礼します」
スッと音もなく彼女との間に壁が出来た。
ハッとして少し顔を上げると、誰かの背中だということを知る。
この声と、微かに鼻をくすぐる香りは……
「ひゅ、ヒューバート様……」
ガーネット・クラーク伯爵令嬢の言葉に、わたくしは間に入った人物がヒューバートに間違いないと確信する。
そして彼の身体の向こう側に、彼女の顔が見えた。
………彼女の頬に赤みが差したように見える。
どくんっと心臓が嫌な感じに跳ねた。
通常なら騎士が貴族の会話中によほどの理由がなければ、割り込んで意見できる事ではないのだけれど、姫様の専属騎士だから割り込めたのだろうか?
ヒューバートがその辺の決まりを把握してないことはないだろう。
わたくしは気にしないようにした。
「ソフィーはソフィア様の専属侍女です。申し訳ございませんが、私は貴女がどちらのご令嬢か存じ上げませんが、」
ヒューバートの言葉の途中で、わたくしは息を飲んだ。
場の空気が凍り付いたように感じる。
ガーネット・クラーク伯爵令嬢の赤くなった肌は青白くなっていく。
………こ、この人……どれだけ女性に対して興味なかったの……!?
元婚約者に顔も覚えてもらえていない。
同じ女として、ガーネット・クラーク伯爵令嬢に同情してしまった瞬間だった。
絵姿も見なかったってこと……!?
マーガレット様が前に仰っていた「婚約者に1度も会いに行かない、顔合わせすらしない」との言葉は本当だったようだ。
「長くソフィア様の侍女を拘束されると、ソフィア様に対し良からぬ事を考えていると捉えかねません」
「っ……! わ、わたくし、は……」
彼女の声は震え、瞳が潤んでいく。
気持ちは分かる。
元婚約者の顔さえ知らないのだから。
くぃっとヒューバートの服を引いた。
チラッと見られたのでそっと彼女に聞こえないように囁く。
「………彼女はガーネット・クラーク伯爵令嬢です」
「………………………ぇ……!?」
今度はヒューバートが固まり、ハッと彼女を見る。
………名前ぐらいは……自分の元婚約者のものだったと、知っていたのね……
それだけは救いだったのかな……?
………なんだか妙なことになってしまった……
ヒューバートは騎士として、そしてわたくしの婚約者としても、長く拘束されているわたくしを助けるために来てくれたのだろう。
けれど今、彼だけは来なかった方が良かったのではないか…
そう思ったのはわたくしだけではないはずだ…
精霊の力でわたくし達を見て会話も聞いていたのか(おそらく心配してくれていたのだと思う)、少し離れた場所で姫様が『信じられない』という顔で唖然とこちらを見ていた。
………姫様……見てないで助けてください……




