第661話 王族主催茶会
私は一室からザワついている庭園を隠れて見ていた。
くすり、と思わず笑ってしまうぐらいには、滑稽な光景だった。
「姫様、いかが致しましたか?」
裏方に配属しているフィーアとアマリリスの姿はここにはない。
フィーアはお茶に、アマリリスは甘味に、それぞれ主導となって動いてもらっている。
今頃大忙しだろう。
従って、私についている侍女はソフィーだけだ。
声をかけられ、ソフィーを見る。
「………滑稽だな、って思って」
「………」
私の言葉にソフィーは口を噤んだ。
考えていることが分かったのだろう。
私の今日のドレスはラファエルが用意したものだ。
いらないと言ったのに用意されてたもの。
今日の茶会用に仕立てられたものではないから、本当に普段用のドレスだ。
過美ではなくシンプルな、私好みのドレスで、贈られるのは気後れするけれど、気に入っている1着だ。
庭には煌びやかなドレスが光を浴びて反射している。
あの中に行けば、私は確実に浮いてしまうだろう。
「私は、気楽な茶会で“普段着用のドレス”で、と招待状に書いたはずなんだけどねぇ?」
くすくす笑うと、ソフィーに呆れた顔を向けられる。
「………王族主催のお茶会に、“普段着ドレス”で参加される強者がいるとは思いませんが……」
「そう?」
ちょいちょいとソフィーに近づくように示し、窓の外を指差す。
首を傾げながらソフィーが来て、覗き込んだ。
「………あれは……マーガレット様。そしてお隣にいらっしゃるのはガルシア公爵夫人ですかね…?」
今庭園に姿を現したマーガレット嬢ともう1人の女性を目にしたソフィーが、目を見開いた。
マーガレット嬢もその夫人も、シンプルなデザインのドレスを着ていた。
髪飾りも控えめなもので、家の近くに散歩でもしに来た、みたいな感じだった。
「私の言葉を“素直に”受け取ってくださったみたいね」
そしてその後に姿を現してくる令嬢、夫人達もシンプルな装いだった。
「こうしてみるとよく分かるわね」
「何がですか?」
「旧国派、中立派、新国派が、よ」
くすくす笑ってそろそろ時間だと部屋から出るために窓に背を向けた。
そして扉前で待機していたオーフェスとヒューバートが取っ手に手をかけ、ゆっくりと開いていく。
私がいたのは庭園が見える、庭園への扉がある1室だった。
従って、すぐに私は庭園に姿を現すこととなる。
一斉に庭園にいる全ての者に視線を向けられるが、私は堂々と足を踏み出した。
煌びやかな装いをしていた令嬢と夫人は目を見開き、そしてあろう事か失笑したのだ。
扇子で口元を隠しても分かるわ。
「ようこそおいで下さいました。わたくし主催のお茶会にご参加下さいまして、ありがとうございます」
優雅に見えるように笑ってドレスを摘まんで礼をした。
「本日のお茶会は、招待状に記載させて頂いたとおり、気楽に楽しめるよう服装の指定をさせて頂きました」
にっこり笑うと、ポカンとする顔の人が何人か。
「わたくしが選びました甘味やお茶を自由に楽しんで頂けるよう、立食式のお茶会にさせて頂きましたの」
ザワッと騒ぎ出す招待客。
ふふふ……煌びやかなドレスを着ている人達は、さぞ焦ってるでしょうねぇ。
そのドレスで動き回れるかしら?
甘味もお茶も取るのに一苦労でしょうね?
その過剰なまでの膨らみで、並べられているものを取れるかしら?
手渡しされるものであっても、取りづらいでしょうねぇ。
そしてそんな格好なのに、ばかばか食べてたらはしたないしねぇ……?
庭園を囲むように等間隔で机が配置され、お茶、甘味、お茶、といった感じで交互に場所を作っている。
配膳係が配っていくより遙かに時間短縮になるし、苦手なものがある人はそれを取らなければいい。
お茶もお菓子もありとあらゆる物を用意した。
ラファエルの甘味店を宣伝する為でもある。
貴族は甘味店に使用人を行かせ、更にラファエルの甘味店は中身が何か分からなく、好きなものを選ぶことが出来ない、ようは宝くじのようなもの。
どんな甘味があるかは開けてみるまで分からない。
けれど今、ラファエルと私(と、アマリリス)が考えた甘味が所狭しと並んでいる。
私が茶会を開くならこれがいい、とラファエルと相談して、ラファエルも快く了承してくれた。
「サンチェス国にある茶葉も数多く揃え、サンチェス国から販売されてないお茶、つまり国外に流出していないものもご用意させて頂きました。そしてここにある甘味は全てラファエル様がお作りになられた甘味店で販売しております」
再び会場がざわめいた。
先程の比ではない。
全員の目の色が変わったのを見た。
「甘味とお茶の相性を、是非ご堪能下さいませ」
私が締めくくると、全員が動き出した。
我先にとドレスが散らばっていくのが滑稽だわ。
これは王族主催の茶会なのに、頭が働かない人が多いのね。
心の中で毒ついてしまうのには無理もない。
「ソフィア様、お久しゅうございます」
そう言って私にまず挨拶をする人が、数えるほどだったのだから。




