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第650話 ひとときの休息




翌日、お兄様は良い笑顔で王宮を後にしたらしい。

ラファエルは仕事なので、名残惜しそうに出て行った。

私は寝室で上半身だけ起き上がり、背中のクッションに身体を預け、久々の読書に勤しんでいた。

ラファエル厳選の、しかも私好みの本ばかり。

私としては勉強用に歴史書の類いの方がいいと思ったのだけれど、せっかくラファエルが選んでくれたのだからと、ウキウキしながらページを捲る。

それに、病気の時に頭を悩ませる本はダメだと言われたし。

1冊目を読み終え、ほぅ…と余韻に浸る。

思わず視界がぼやけてしまった。

いい話だった…と。

サンチェス国学園の図書室では扱っていない本だった。

他の積み上がっている本のタイトルも見覚えがない。

読むのが楽しみだわ。

次の本に手を伸ばそうとして、本との間にヌッと壁が出来た。

………壁?

そっと視線を上げると、厳しい視線を向けてくるソフィーが。


「………ソフィー?」

「姫様、少しは休憩を」

「………え?」


ソフィーの言葉の意味が分からず首を傾げ、枕元に置いてある腕時計を見る。

何気に3時間ほど経っていた。


「………あれ?」


久々に読むから、案外時間がかかったみたいだ。

僅か1冊の本を読むだけなのに。

今はいいけれど、ラファエルの書類仕事とか、もしも手伝うようになったときには致命傷になる。

鈍ってるな…と呑気に考えているときだった。


「1冊の本を5回も読み返していれば時間がかかるのも当たり前です」

「………え……?」


キョトンとソフィーを見てしまった。

………5回?

読み返してた…?


「ご自覚がないようですから申し上げました。お茶を何度煎れたとお思いですか」

「………ごめんなさい…」


まさかの5回も読み返し。

そりゃ時間は経つわよね…

お茶を無意識に飲んでいたのか、お腹が少し苦しいような気もする…


「フィーアとアマリリスが、何度もお声がけしても気付いて下さらない、とわたくしを呼び戻しました」


………やっちゃったのね…


「おかげで姫様が進めている貴族夫人や貴族令嬢を招いてお茶会する為の人材教育が滞っております」

「………すみませんでした…」


侍女の教育を一手に請け負ってくれているソフィーを、煩わせてしまった…

私は療養中で動けないから、余計に負担をかけているのに…


「せめて読み終えるたびに休憩をお入れ下さい。姫様は病人なのですから!!」

「はぃぃ!!」


怖い顔でソフィーに怒られ、私は反射的に答えた。

それで満足したのか、ソフィーは静かに寝室から出て行った。

………今後、ソフィーを怒らせないようにしよう…

同じ顔のはずなのに、滅茶苦茶怖かった……

私が怒ったら、あれぐらいの威圧感があるのだろうか…?

フィーアとアマリリスに聞いてみる…?

いやでも、同じだと言われたらそれはそれでショックだ。

ラファエルにあんな風に詰め寄っていたのかなぁ…?

………考えないようにしよう。

私はおかわりを煎れられたお茶を飲み、次の本へ手を伸ばした。

さっきの本は典型的な恋愛小説だ。

男女が障害を乗り越えて一緒になる、という。

この貴族社会が基本の世界で、身分差恋はない。

普通に同じ階級、あるいは1つ下、という無難なもの。

障害もそんなに厳しいものではない。

普通にあるトラブル。

けれど作家が人を引き込む描写を知っているのか、ありきたりなのに引き込まれてしまう。

私は基本どんなものでも読むからそれについては不満はない。

人並みに感動して涙するし、悲しくもなる。

他人にとっては「そんなもので?」と言われるものでも関係ない。

私が知っている身分差、しかも「恋奪」のような物語で王子と男爵令嬢が恋仲になるような本など出せば、一斉に罵声を浴びせられるだろう。

久しぶりにそういう系統も読みたい気もする。

でも私はここで生まれ、生きている。

階級社会で生きてきた故に、物語で読めても、実際には決して許さない、許せないようになってしまった。

――いや…

元々作り物だから楽しめるわけであって、実際に婚約者や恋人がいる男性にすり寄っていく女性を見れば嫌悪する。

逆も然り。

前も今もそれは変わらないのだから、環境云々ではないわね。

………少々暗くなってしまった。

私は2冊目となる本を開いて、視線を落とした。


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