第646話 さて罰を言い渡しましょう
ガガガガッと辺りに響く大きな音。
手動で押していくタイプの機械で、一定の幅で地面にさほど深くない溝を掘っていっている。
前にも見た光景だ。
その溝を刻んだ地面に他の者が操る機械で真っ直ぐな……鉄かな…? の凹みがあるものを埋め込んでいっている。
「着々と線路が出来ていきますね」
私は平民服に身を包み、同じく平民服を着ているラファエルの腕に手を回したまま、見上げる。
「ふふ。ソフィア、みんなを褒めてあげてくれる? これだけの距離をこの短時間で進めてくれてるから」
「勿論ですわ」
いくら機械でやっているからとは言え、この短い間にもうすぐで温泉街へと届こうとしていた。
直線ではなく、各領の民に迷惑をかけないように、路面電車が走る騒音に悩まされないように結構な距離を迂回させている。
国境の壁の方が街より全然近い。
勿論、騒音など最小限に抑えてくれる設計をしてくれているラファエル達だけれども、全く騒音が出ない、というわけではない。
どうしても線路の繋ぎ目では揺れて音が出てしまうし、走るからには音は出る。
それでも私が知っている電車の音よりずっと静かだと思う。
路面電車の試作品だといって、さっき少しだけ走らせてくれたのだ。
サンチェス国の国境駅から現在いるところまで走らせてくれ、ここまで来たから。
「ら、ラファエル殿!? こ、これは一体…」
乗れば分かる、そう言って問答無用でガイアス・マジュとリーリエ王女を路面電車試作品に乗せて共に来た。
先程の言葉は国境駅でも言っていたけれど、一向に説明がないのに焦れたのか、ガイアス・マジュがラファエルに近づいてくる。
「凄いですわね。魔法ほどではないですけれど、こんなに早くこの距離を移動できるなんて…」
リーリエ王女も驚いた顔で歩いてくる。
「我が国の移動手段になる予定のこの地面に敷かれた決められた道を走る乗り物だよ。馬なき馬車。ソフィアが名前を考えてくれて、ロメンデンシャと名付けたんだ」
………私が考えたんじゃないんだけどね…
「これが国同士で繋がれば、移動時間がグッと縮まりますわね!」
「ええ。ですがまだ我が国でも繋がっていない。年単位で考えてましたが、この進み具合からして半年ぐらいで完成するかもね。まずは南の国境から東の公爵領、温泉街、現在娯楽施設建設予定地を経由してテイラー国の国境へ繋げる予定です」
「まぁ…!!」
リーリエ王女の目が輝いた。
魅力的な話に思ってくれたみたいでなによりだ。
魔法の国であるマジュ国では必要ないかもしれないが、同時に閉鎖的な国になってしまっているのが現状だ。
娯楽もなく、生活用品のみの店が並んでいる。
当然だろう。
魔法で何でもしてしまえるだろう国で、普通の人間は肩身が狭いだろうし、行く理由もない。
もしかしたらリーリエ王女の頭の中で、観光地を建設したら人が集まるかもしれないという考えが浮かんでいるかもしれない。
「ただ、北は雪が万年積もっているので、道が雪で覆われないか、凍ってしまわないか、それが課題だけれど」
「そうですね…発熱の魔法でもあればよろしいのですけれど…」
「北は雪がメインみたいなものですから、溶かすわけにはいかないんですよ」
苦笑するラファエル。
雪をどうにかする手段は、今のところ定期的に除雪機が往復することを検討しているけれど、除雪する前に電車が通ってしまっては故障の原因になる。
時間を決めるにしても、時計もまだ普及していないから、各駅と各街に時計設置予定ではあるけれど。
要検討中、である。
「さて、おしゃべりはこれぐらいにして。ガイアス殿」
「あ、はい…」
「頑張って下さいね」
「え……」
にっこり笑って言われたガイアス殿は固まった。
ラファエルはそれはそれはいい顔だった。
ここの管理者に選ばれた監修の男をラファエルが呼びつけ、存分に扱き使ってやって、とガイアス殿の背を押した。
「え……えええ!?」
いきなり言われたガイアス殿は、監修の男に引きずられながら去って行った。
リーリエ王女はそれをゆっくりと追っていく。
「………ラファエル、ここに来る前になんの説明もしてなかったの?」
「うん。何させられるか分からないのも怖いでしょ。充分に罰になると思うよ」
「そう……」
実に人を裁き慣れている者の発言だったと思う。
私は視界にチラチラ入ってくる同じ顔の男2人を無視し、ラファエルと共に工事現場? に背を向けた。
「話さなくていいの?」
「私に平民の知り合いは今のところいないからね」
2人で路面電車試作品に乗り込み、サンチェス国国境へと引き返した。




