第643話 幼子より酷い ―R side―
室内に招き入れた2人は少し緊張しているようだった。
俺はソファーを促し、手ずからお茶の準備をする。
そんなこと王太子が、と言われたけれど、毒事件があってから俺は自分で煎れるようになった。
自分の身を守ることもだし、なによりソフィアの悲しむ姿を見たくもないから。
理由があるのだと、明確な説明はせずに誤魔化す。
2人の前にお茶を出せば、頭を下げられる。
「………さて。感想を聞かせてもらえるかな」
目の前に座っているガイアス殿とリーリエ王女に切り出した。
それ目的で呼び出したからね。
ちなみにここは応接室で、室内には俺の騎士を全て呼び寄せている。
全員が壁に貼り付くように立っているけれど。
「素晴らしかったです」
………うん、そういう事を聞きたいんじゃないんだけどな?
ガイアス殿の一纏めにした意見はなんの参考にならないから。
「屋台の種類が豊富で、目移りしてしまい全てを楽しめませんでしたわ」
リーリエ王女がガイアス殿を押しのけて口を開いた。
………自分の兄に対する態度がそれでいいのか。
「甘味もですが、軽食も美味しく頂けましたし、お店の方の愛想も良く、マジュ国の者にも見習わせたいですわ」
「それは店の者も喜ぶだろうね」
1国の王女に褒められたのだ。
誇らしく思うだろう。
「それに小物も売っていて、まさに職人技。1つ1つの作りが丁寧で、国へのお土産としようとしましたが、迷ってしまって結局諦めましたわ……」
「あの土地の物は貴族と平民と分けてはいますが、王族が身につけるような装飾品はなかったでしょう?」
「とんでもございませんわ! 確かに素材は分けられているようでしたが、平民用のも丁寧に作られているのが1目で分かります! 引き抜きたいぐらいです!」
「それは止めて欲しいな」
リーリエ王女の勢いに苦笑する。
まぁ、他国の人間も楽しめる祭りだったことは評価対象になるだろう。
「貴族用の物でも充分にわたくしたちが身につけて遜色ない出来映えでしたわ。もしお許し下さるのでしたら、もう1度参加させて頂きたいですわ。時間を空ければ選べるかもしれませんし、あの幻想的な柔らかい光の中で、民達に混ざり、そして夜空に咲くお花……夢のようでした……」
柔らかい光…
チョウチンの光のことかな?
確かにあの光は優しく包んでくれるようで。
ソフィアの意見を入れた甲斐があった。
そして民達の帰り道には精霊達が作ってくれた――ソフィア曰くガイトウ――光が事故もなく送り届けてくれる。
早めに街や道に人工の光が作れると良い。
精霊達の負担を軽くするためにも。
民の安全のためにも。
夜でも明るく、けれども優しい光があるのなら、犯罪も起きにくくもなるだろう。
「残念ながら夜空の花は初日だけなんだ」
「そうなのですか……残念です……」
喜んでもらえるのはいいが、精霊も消耗しないわけないからね。
あれだけの大きさの物を上げてもらっていた。
だから休んでもらわなければ。
ソフィアの契約精霊である究極精霊が、ソフィアの為にと協力してくれていることでしかない。
ソフィアを喜ばせるために。
そんな彼らを、国の発展のためだからと酷使するのは違う。
彼らの意思を尊重し、そして後は休んでもらう。
精霊も人と同じなのだ。
「祭りに行くことは許可しよう。但し、監視付きだけどね」
「当然ですわ! ありがとうございます」
嬉しそうに笑う彼女から視線を外し、ガイアス殿に向ける。
見られたガイアス殿はビクッとしていたけれど。
「分かっていますよねガイアス殿。これは貴方を楽しめさせるのではなく、マジュ国へも祭りを広めてもらうための視察だと」
「あ、ああ」
「でしたら“よぉく”視察して下さいね。先程の感想では民に伝わるはずもない」
「す、すまない……」
ハッキリ言わないとガイアス殿は学習しないからねぇ……
明け透けに視察しろといい、こちらの祭りを広めろと、こちらの意図を説明しなければならないほど疎いのだ。
「十二分に楽しんだ後は、頑張って下さいね」
にっこりと笑うと、彼は顔を真っ青にした。
上げて落とす。
それが一番堪えるだろうからね。
祭りで楽しんだ後は、罰が待っている。
そのぐらいの意味は伝わったようだ。
話は済んだ、と部屋から追い出し俺は息を吐いた。
………ぁ~ソフィアに会いたい…
首をソファーに預けると、並んでいた騎士達が視界に入る。
当然ナルサスもいて、あいつは扉の方へ視線を向けていた。
………視線だけ動かしてても分かるもんだね。
ナルサスの不毛な想いになるだろう。
クッと口角を非憎げに上げるのが見えたのだろう。
ナルサスは慌てて視線を戻した。
俺は席を立って執務室へと戻った。




