第639話 夜空の花の後には
ほぅ……とそっと息を吐いたラファエルを見上げる。
空はもういつも通りに暗く、静かで。
調子に乗っていた精霊達も疲れたのか、最後に盛大に打ち上げた後、それきり空には何も描かれなかった。
微かに聞こえてくる温泉街からの歓声のような音以外、いつも通りの夜だった。
「なんか、夢見心地だよ」
惚けたような顔で私を見つめてくるラファエル。
ほんのり色づいた頬。
心なしか潤んだ瞳。
それはそれは色っぽくて、うっ……と言葉を詰まらせた私は絶対に悪くないはず。
「俺、ちょっと今日はヤバいかも…」
「え?」
ラファエルは顔を手で覆い、少しの沈黙の後にまた口を開いた。
「………ソフィア」
「なに?」
「今日、別々に寝て良いかな?」
「なんで!?」
突然のラファエルの言葉に私は驚く。
だって私はもうラファエルの温もりなしには眠れない。
変な意味じゃなくて、純粋にラファエルに抱きしめられて眠るのが、当たり前になってしまったからだ。
そんな風にしたのはラファエルなのに。
「だって今ソフィアを抱きしめてベッドに入ったら、何もしない保証できないから」
「………へ!?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
思考することも出来かね、視線を忙しなく動かしていると、ラファエルが身を屈めてくる。
「今凄く気分がいいんだ。花火に感動したからだろうね。夢心地って言ったでしょ。こんな高揚している自分はソフィアと一緒にいること以外で、初めてかもしれない。だからね…?」
すっと流し目で見られ、びくんっと身体が跳ねた。
怖かったからじゃない。
私の中の何かを、ラファエルの視線1つで引き出されるような、訳の分からない、言い表せないような感覚に驚いて…
「今日、大人しく1人で良い子に眠れるかな…?」
ツイッと顎に手を滑らされ、更に顔を上に向けさせられる。
カッと全身が沸騰したような、自分が茹だっているような気がする。
ラファエルがいつになく色っぽすぎるっ!!
目の前にいるのはラファエルだって分かっているのに、この人は誰、って言いそうになる。
余計なことを言わない方が良い。
今のラファエルは危険だと、本能が告げている気がする。
「は、い……っ」
是、しか言えない状態だった。
私が嫌だと言えば、何か良くないことが起こる気がしたから。
ここは大人しく引き下がった方がいいだろう。
「良かった。部屋までは送るから心配しなくても大丈夫だよ」
「え……でも……」
「俺が抱えていかないと医者が怒るよ。騎士に運ぶように言ったら俺が怒るよ」
「うっ……」
今のラファエルの傍にいれば、私の心臓も、精神も、その他諸々ダメになってしまうような気がするけれど、大人しく頷いた。
逆らったらダメだと、また本能が告げている。
「冷えてきているし、戻ろうか」
そう言って私を抱き上げたラファエルの腕の中は、優しく暖かい。
更に振動が極力ないよう、配慮してくれていることも分かる。
ドクドクと高鳴っている心臓は、落ち着きそうもない。
ギュッと胸元を掴んで、どうにか落ち着かせようとしているうちに部屋についてしまう。
「じゃあおやすみソフィア。ちゃんと寝ないと怒るからね」
そっと額に口づけを落としてくるラファエルに対し、やはり別人じゃないかと思ってしまう。
いつもなら唇なのに。
「………」
「どうしたの?」
「………部屋に戻ったらいっぱいするって……」
途中で気付いた。
私は何を口走っているのか! と。
バカじゃないの!? と思っていると、ラファエルが顔を手で覆っていた。
自分で自分を追い詰めてどうするのか!
長い口づけなどされたら最後、私は腰砕けになって羞恥心で悶えるだろうに!
「………ホントにどうにかするぞソフィア」
「ご、ごめんなさいっ!!」
低いラファエルの声に縮み上がる。
視線を外したままラファエルが私の頭を撫でて、足早に去って行った。
扉が閉まった後もポカンとした顔をしていたのだろう。
オーフェスに呆れ顔を向けられていた。
「………ソフィア様はもう少し……いや、大分、男心というものを知った方が良いです」
「………はい……ってオーフェスに言われたくないわよ!? オーフェスも女心を知りなさいよ!?」
「必要ありません。私はソフィア様の心だけを知っていれば」
「いや、私の心も理解してないわよね!?」
「失礼ですよ。私の指摘は的確でしょう」
すました顔で言うオーフェスに怒りを覚えつつ、私は布団の中に潜り込んだ。
オーフェスと話したことでちょっと落ち着いたかも…
………ラファエル、どうしちゃったんだろう…
悶々と考えているうちに、私はいつの間にか意識を手放していた。




