第638話 夜空の花
それは音もなく唐突に始まった。
夜空に色とりどりの花が咲き、国に光を落とす。
大きいものや小さいもの、実に様々だった。
しかも火薬ではなくて精霊の力。
音もないから子供がビックリして泣きわめくこともないだろう。
見覚えがある花が夜空に咲いていく。
そしてそれだけではなく、悪戯好きの精霊でもいるのか、本に描かれていた精霊の姿や、この世界にない私の好きな花である桜を模した形を咲かせていた。
器用だな、と笑って眺めていると、グッと私の腰が引かれた。
ラファエルに腰を抱かれていたからラファエルだろうけれど、離れようともしていないのにどうしたのだろうかと見上げる。
そして私は思わず頬を緩めてしまう。
ラファエルは花火を見たまま、ポカンとした顔をしていた。
滅多に見ない顔を見て、私は愛しさが増した。
そっとラファエルの肩に頭を置くと、見上げたままラファエルが私の頭に手を当てた。
「………すごいね。本当に夜空に花が咲いてる……」
精霊の力が出せるあの建物の中で、ホントに小さな花火を上げただけ。
それが今みたいに大きな花が咲くとは、想像もしてなかったのだろう。
火薬調整が必要がないので、精霊達も調子に乗って目視できるのかどうか分からない小さい花から、それはそれは大きな花まで打ち上げ放題だった。
これなら願えばオーロラだって見られるかもしれない。
「遠くで上げてるはずなのに、頭上まで届いてくるみたいだ」
遠近法ですぐ目の前に迫っているような錯覚を起こしているのだろう。
それも醍醐味の1つかもしれない。
「ラファエル」
「………ん?」
花火に見入っていたラファエルは、私の声かけに一瞬反応が遅れた。
そんなラファエルも可愛いと思う。
「楽しむ祭り、気に入ってくれた……?」
ここで気に入らないと言われたらショックだけれど…
聞いてみたかった。
機械ではないアイデアを、どう思ったのか。
「勿論だよ」
微笑んで即答してくれたラファエルに、私も嬉しくなって笑う。
この花火は、火精霊と光精霊にお願いして、ランドルフ国中の火の精霊と光の精霊に作ってもらっている。
私の中にいる究極精霊が作っているわけじゃないから、私の負担は0だ。
だから私も純粋に楽しむことが出来る。
「この国の名物になったら良いね」
「うん。そうしたらラファエルの国がもっと潤うしね」
ランドルフ国に来国してくれる人が増えれば増えるほど、経済は潤う。
ラファエルの、王宮の懐も温かくなって、もっと色々なことが出来るようになる。
「機械もだけど、精霊と協力して作り上げていく国。………昔のようになればいいね」
共存していく世界を取り戻せれば、もっと豊かになる。
「そうだね。ソフィアのおかげでまた1つ、改国になる。ありがとう」
裏表のない、綺麗なラファエルの微笑みに、私の頬は赤くなったと思う。
顔が熱い…
イケメン笑顔、凶器です…
「ら、ラファエルのおかげだもの…私は案を出しただけで……」
「案がなければ作れないよ。機械も、祭りも、花火も」
「………ん」
「やっぱりソフィアは俺の愛しい人だよ。必要不可欠で、ランドルフ国にも必要で、なくてはならない宝物」
コツンと額同士をくっつけられる。
「………ね、ソフィア」
「な、なに……?」
至近距離で見つめられ、ドキドキする。
多分、一生ラファエルにはドキドキしてしまうのだろうな…
「………口づけたい」
「っ……!!」
い、今まで強引にしてきたのに、なんでこういう時に聞いてくるの!?
しかも色っぽい声でっ!!
私の心臓破裂させる気かな!?
「………いい?」
「っ……ぅ、ん…」
視線を合わせられずに、反らしながら合意した。
すると優しく、触れるだけのキスをしてくるラファエルに驚く。
いつもは長いキスなのに…
どこか物足りなさを感じながら、離れて行くラファエルを見つめる。
「ん?」
「え、ぁ……」
首を傾げるラファエルに、私は何と言っていいのか分からず口ごもる。
「………物足りない、って顔に書いてあるよソフィア」
「なっ!?」
かぁっと一気に体温が上昇する。
「こんなロマンティックなシチュエーションで、深い長いのなんてしたら俺の理性が飛ぶよ」
「だ、断言!?」
「するよ。ソフィアを腰砕けにする自信ある。だから部屋まで待ってね?」
「なっ!? そ、そんなのいいですっ! 宣言いらないからっ!!」
首を必死に振るけど、ラファエルは笑みを深め空を見上げた。
いや、放置止めて!?
今からどうするべきか分からず、結局私も空を見上げるほかなかった。




