第620話 暴食姫
「うわぁ…! 美味しいです!!」
目の前の甘味に夢中になるリーリエ王女に対して、私は笑顔を貼り付けたままお茶に口を付けていた。
何故貼り付けた笑顔なのか。
それはかれこれ何十回も繰り返された台詞だからだ。
おかわりを何度もしているため、ソフィー達侍女も笑顔が引きつっている。
警護を担当している私の騎士と王宮兵士も、顔が引きつり、あるものは顔を背けて口を押さえている。
………うん、私もそうしたい。
いくら私がラファエルの甘味が好きだからと言って、何十個も食べる気は無い。
体格維持のこともあるけれど、食事を食べられなくなるのは、サンチェス国王女として許容しがたいからだ。
出されたものは完食。
それ必須だから。
だからおかわりなど求めない。
欲しくても少し我慢すれば次の食事の後に出てくるから。
「次のものをお願いしますわ!」
………え!?
まだ食べるのか、と全員ギョッとしてしまう。
「リーリエ!!」
その時に割り込んできた声。
顔を向けるとガイアス・マジュが真っ青になって走り寄ってきていた。
その後をラファエルとお兄様が歩いて追ってきている。
「おま……!? 何食べてんだ!?」
驚くのは無理もない。
回転寿司みたく、甘味を乗せてきたお皿が机に積み上がっているのだ。
普通は回収して次、なのだが、あまりにもペースが速いが為に、持ってくる方に時間をかけられなくなったのだ。
最初のうちは勿論、回収して次のものを持ってきてたんだけどね…
「お兄様も是非頂くべきですわ! ラファエル殿下が考案した甘味だそうです! 凄く美味しいですわよ!」
「こ、これ全部食べたのか!?」
「はい」
目を見開くガイアス・マジュに対してキョトンとするリーリエ王女。
………やっぱり可笑しいよね…?
リーリエ王女の背格好は私より低く、小柄で、けれど同じ歳だと言うから、見ようによってはロリだね。
その小さな身体の何処に入っているのだろうか。
甘いものは別腹と言われるけれど、これは別腹の域を超えている。
「ただでさえ王族の貴重な魔力をなんて事に使ってるんだ!?」
「失礼ですわねお兄様。こんな時ではなくいつ使うのですか」
………真剣な顔で言い返しているところ悪いけれど、使い所はここではないよ絶対。
その魔力を何に使っているのかは分からないけれど。
消化を促すとか、なかったことに出来るとか、かな?
「明らかに可笑しいだろう! 食べ物を消化するための魔力じゃないよ!」
「嫌がらせに使う力でもありませんけどね」
「ぐっ……!」
………まだ言うか…
けれどようやく気が済んだのか、口元を拭うリーリエ王女にホッとする。
いくら何でも王家が消費するはずだっただろう甘味を、これ以上消化されても困るしね…
無限に出てくるものではないのだから。
「ラファエル殿下」
「何か?」
「問題が片付き次第、マジュ国にも甘味店を出してくれると有り難いのですが…」
リーリエ王女の言葉に、ラファエルは少し考えるような仕草をする。
「………無理でしょうね」
「どうしてですか?」
「建物自体は可能ですが、その他に問題があります。甘味を作る調理人が魔導士ではないので身を守れない。食材の輸送経路確率など」
「ぁぁ……調理人はこちらでご用意しても無理でしょうか?」
「経験が必要ですから派遣しないとですね」
マジュ国甘味店問題は尽きないようで、ラファエルとリーリエ王女の会話は続く。
それを尻目に、私はいつの間にか隣に座っていたお兄様に視線を向ける。
「大事なことは聞けましたか?」
「うん。大体ね。聞きたい?」
「ここでわたくしが聞いてしまえば、王太子会議の意味がないでしょう? 重要なことはお父様とお話し下さい」
私の言葉にクツクツとお兄様は笑う。
そしてソフィーのお茶に口を付ける。
「ソフィアは妙なところで察しがいいよね」
「妙、は余計ですわ」
私は頬を膨らませそうになり、お茶に口を付けたのだった。




