第611話 無理するから ―R side―
俺はソフィアを抱えたまま、ソフィアの部屋へ戻ってきた。
その間にソフィアは自覚していなかったみたいだったけど、体力の限界だったみたいで、部屋に着く頃にはグッタリと俺に寄りかかり、眠りについていた。
「まったく……」
本当にソフィアは後先考えないよね。
寝たきりだった人間が、いくら精霊に運んでもらったとはいえ、負担にならないわけがないのに。
更に馬で戻ってきたんだ。
馬に乗っているだけとはいえ、体力を消耗するのだから。
ソフィアの部屋の扉を騎士がノックし、中から返事があって騎士が開く。
俺に抱えられて戻ってきたソフィアを見て、ソフィアの侍女達の顔色が一気に変わった。
門の様子が見えていたのか、帰ってきたら説教する予定だったのだろう。
準備万端、と迎え入れた侍女達の怒りの顔が、一気に真っ青になり、慌てて散開した。
ベッドを整える者や、看病準備を整える者など分かれた。
………本当にソフィアの侍女は優秀だねぇ。
ソフィーは元からだけれど、罪人の2人までこんなにソフィアに従順になるとは予想外だった。
チップだけのせいではないだろう。
ソフィアは人たらしだからね。
整えられたベッドにソフィアを寝かせ、近くに置かれた椅子に座る。
「ラファエル様、姫様を着替えさせるので一度ご退出願えますか?」
「離れたくないんだけど」
そう言いつつも、俺は腰を上げた。
「ああ、今度は絶対抜け出せないように、部屋着ドレスも隠しておいて」
「え……」
「夜着なんて俺は見慣れているし、君達もでしょ。さすがに夜着なら一瞬躊躇するでしょ。――多分」
最後の言葉にソフィーが遠い目になった。
………いいけどね別に。
王太子を目の前にしようが、取り繕わないのは。
今俺しかいないし。
「畏まりました」
ソフィーが頭を下げるのを見て、俺は寝室から隣室へと移動した。
するとソフィアの騎士がいつの間にか揃っていた。
雰囲気がいつも通りになっている。
ソフィアに怒りを向けられたアルバートとジェラルドもいるのだが。
「逃げるのは終わったのか?」
オーフェスとヒューバートはすまし顔なのだが、他の2人がちょっとは懲りたのか、気まずそうに視線を反らした。
「ソフィアも女の子なんだから、何かに恐怖する心はあるよ。さすがにアレは主人に対する公の場での会話じゃないよね」
他の人の目がある所で騎士になめた口をきかれれば、ソフィアの立場が危うくなる。
「俺の騎士達しか聞いてなくて良かったね」
顔色を青くする2人から視線を反らし、俺はソファーに座る。
すかさずアマリリスが俺の前にお茶を用意する。
………ほんと、優秀だね。
「ガイアス殿達はどうなっている」
音になるかならないか、それぐらい小声で呟けば、天井裏からサッと俺の後ろに降り立った影。
『現在、サンチェス国王の謁見待ちで、部屋に大人しく滞在しております』
同じく聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で囁いてくる。
「そう」
手を振ると、サッと戻っていく。
先に返したガイアス殿達がここでまたいないとなれば、俺ももう容赦しないけれど。
ちゃんといるのならば、サンチェス国での罪をきちんと償ってもらうだけ。
俺からの――ランドルフ国での罪は終わった後でいいだろう。
「ラファエル様、姫様の着替えが終わりました」
「分かった」
ソフィーに呼ばれ、アマリリスが煎れたお茶を一気に飲み干し、俺は寝室へと向かった。
「あ。分かってると思うけど、ソフィアの寝室には入らないようにね」
騎士達に釘をさし、俺は入室した。
眠っているソフィアの近くにある椅子に、また座った。
あどけない寝顔を見せているソフィアに微笑み、そっと顔にかかっている髪を避ける。
身じろぎするソフィアに、起こしてしまったかと思ったけれど、ソフィアは横向きになっただけでそのまま眠っている。
俺の手を握って、だけれど。
無意識にでも握ってくれるのは、嬉しいものだね。
そっと微笑み、俺はそのままソフィアの寝顔を眺めていたのだった。




