第610話 ぶち壊しだわ
時間をかけて王宮へと戻ってきた。
周りを囲んでいた兵士の沈黙とピリピリした空気が一気に散じた。
「任務完了!」
「久々に楽しかったっすソフィア様!」
「滞在中にまたやって下さいね~!」
「こらお前ら!!」
なんでだろう。
お転婆――王宮を抜け出せと期待されているのは。
オーフェスに注意されても、ヘラヘラと楽しく笑いながら兵士達が去って行く。
苦笑いしながら、手を振っている兵士達に振りかえす。
「ダメだよソフィア」
「………はい」
上からの圧が凄い。
ごめんね兵士達。
私は君達の(王女として悪い方の)期待に応えられそうにないわ。
馬から下りたラファエルが私に手を伸ばしてくる。
………ぅっ……
「………ソフィア?」
躊躇した私にラファエルが首を傾げる。
ぅぅ……
滅多にない上からラファエルを見下ろすことになった体勢に、私の心臓が煩くなる。
イケメン見下ろし。
破壊力半端ないっ!!
「降りられない? 大丈夫だよ。俺がソフィアを落とすわけないでしょ?」
「そ、れは分かってるけど……」
「分かってても怖い?」
え……
火精霊に乗るのに躊躇しない私が、雲の近くで地を見下ろすことに何の恐怖も抱かないこの私が、この距離の高さを怖がっている、と?
………はっ!!
か弱い王女なら躊躇する場面!?
ちょっとぶりっ子しても――
「ありえねぇ」
「ソフィア様が怖がる事なんてありえないよ」
………うん。
アルバートとジェラルドを絞めようと思います。
好きな人にちょっとでも可愛く見てもらって、構ってもらうという私のささやかな思いを一瞬でぶち壊された。
バッとオーフェスとヒューバートが2人の口を押さえても、もう遅い。
にっこりと笑って私の騎士らを見ると、オーフェスとヒューバートが顔色なくしていた。
2人は私の気持ちを察していたのかしら?
この角度でラファエルの少し頬を染めた顔を見られたら嬉しいな、と思った私の計画を返せ。
最近ラファエルのそんな顔見てないから、見たいと思った私の気持ちを踏みにじった罪は重い。
ふるふると身体が震える。
勿論怒りで、ですけれどもなにか?
涙目で顔を染めて睨みつけて、可愛いと思われるヒロインではないですから。
笑顔で拳を握ると、オーフェスとヒューバートが凄い早さで口を塞いでいる2人を王宮へと持ち去っていった。
………主を置き去りかい。
王宮について、すぐさまラファエルの騎士が近くに来たから良いものの。
職務放棄ですよ。
「ソフィア」
ラファエルに呼ばれてハッとする。
そういえばまだラファエルを待たせているままだった。
慌ててそちらを見ると、ラファエルはまだ私に手を伸ばしていた。
だいぶ待たせてしまったと手を伸ばすと、ラファエルは笑って私を馬から下ろしてくれた。
けれどラファエルは私を抱きかかえたまま歩き出す。
馬を騎士に任せて。
「え…? あ、歩けるよ?」
「ダメ。ソフィアはまだ自分が寝たきりだったこと自覚してないの?」
「あ……」
そういえば私はまだ体力が戻っていないんだった…
「そんな状態でこれ以上無理して欲しくないんだよ」
少し怒った顔で見下ろされ、私は肩をすくませる。
「ごめんなさい……」
「うん。もう数日は大人しくしておくように」
「はい…」
私は大人しくラファエルに運んでもらう。
そういえばソフィー達にも怒られる覚悟しておかないとなぁ…
部屋用ドレスで出ちゃったから、非常識この上ないし…
部屋から出る予定がなかったから、着替えを疎かにしちゃってたんだよね…
いつもは何があってもいいように、外出用に出来るドレスに着替えてるのに。
「あ、ソフィア」
「え――」
呼ばれて顔を上げれば、ラファエルに素早く唇を奪われた。
「………!?」
ぱくぱくと出る言葉がないのに、口を開いたり閉じたりしてしまう。
「暫くしてなかったから。あれ1回じゃ足りない」
「だ、だからって、こ、こんな通路で!!」
慌てて周りを見ると、さすがラファエルの騎士と言わざるをえない、全員が顔を背けて視界に入れていないようだった。
………そんな熟練度いらないと思うけれども、助かった…
私の方が赤面させられ、私はラファエルの胸元に顔を埋めることとなった。




