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第607話 唯一無二




カッポカッポと馬が進んでいく。

私はラファエルの操る馬に横座りで乗せられ、ラファエルの腕の中で大人しくしていた。

覚悟していたキツい説教がなかった。

これは帰ってからコテンパンにされるな……と思いつつ…


「………ん?」


そぉっとラファエルを見上げたら、すぐに気付かれて首を傾げられる。


「な、なんでもない…」


意味なく見たのだと言い、前を見る。

覚悟してたのに説教がない――あ、いやちょっとあったけど、覚悟していた身としては肩すかしもいいところだ。

………王宮が見えたら覚悟し直すけれども。


「………ぁ……ラファエル、怪我、してないよね……?」

「してないよ。見てたでしょ?」

「途中からだったから…」


改めてラファエルを上から下まで見て、安堵する。

何処にも異常はない。


「良かった……」

「いつもより甘えてくるし、心配するし………何かあった?」

「ないよ!」


………ぁ……

自分でも分かったし、ラファエルも半目になった。

か、過敏に反応しすぎでしょ私!

咄嗟だったとはいえ、何かありますと言っているようなものだ!

冷や汗をかいていると、頭上から圧がかかってくる。


「ソフィア」

「は、はぃい!」


低い声で言われ、私は姿勢を正した。


「言おうか」


にっこりと笑って言われた。

だからその怖い笑顔止めて下さい。

お兄様とは違った怖さがあるんです!

「言おうか」が「吐こうか」に聞こえたのは私だけだろうか。


「ほ、本当になにも「ないわけないよね」


………被せないで…

定まらない視線に、ラファエルがため息を吐く。


「言えないことは言えないと言え、そう言ったよね?」

「………っ」


そ、そうだった…

その言葉を言うタイミングを逃してしまった。


「それも言えないって事? ということはソフィアが不安に思っていることを、言っていいかどうか迷っているって事?」

「そ、そういうわけじゃ……」


これではもう言えないとは言えなくなってしまった。


「言いたくないなら隠してくれてていいけど、ソフィアがそんな調子で不安定になってるままなら、俺は無理矢理にでも言わせなきゃいけなくなる」

「………」

「無理矢理吐かせるような真似をソフィア相手にさせないで欲しいけど、ソフィアをいつもどおりに戻すためなら手段は選ばないよ」


ラファエルはやる。

やると言ったらやる。

容赦しないことは知っている。

………私もこのままずっといるわけにはいかないし…


「………ぁ、の……」

「うん」

「夢……見たの……」

「夢?」


こくんと頷く。

ラファエルが離れて行かないことを私は知っている。

なのにどうしてこんなに不安なんだろう。

あの場所に行って、解決して、私に気付いたラファエルは真っ直ぐに私を見ていた。

怒っていたけれど、夢の中で向けられた冷たい瞳とは違って、温かさがあった。

いつも通りのラファエルだった。

それにホッとして、でも離れないように抱きついていた。

涙もろかったのは自覚している。

ラファエルが離れて行ってしまう可能性は0に等しいのに、離れないように、引き留めるように抱きついて…

夢の中のように追いつけないということもなく、ちゃんとラファエルに抱きつけて、抱き返してくれたのに…

不安な心がなくならないのはなんでだろう…


「………」


夢の内容を話し終えたけれど、ラファエルは無言だった。

呆れられたのだろう。

私がこんな事で不安になっているから。

信用してないのかと言われてしまいそうだ。

視線が自然に下に行く。


「そう。それは嫌だよね」

「………ぇ……?」


優しい声が上から聞こえ、パッとラファエルを見上げる。

眉間にシワが寄っているけれど、目は優しかった。


「俺も夢の中でソフィアにそんな事言われたら、ソフィアを信じていても離れたくないよ」


手綱を片手で持ち、ラファエルは私の肩を抱き自分の胸元へ引き寄せる。

ぱちぱちと瞬きする。

………絶対に怒られると思ったのに…


「………温かい?」

「………うん…温かい…」


ラファエルの匂いに包まれ、私はまた泣きそうになった。

トク…トク…とラファエルの心音が聞こえるのにも安心する。

ラファエルはここにいる。


「いくらでも確認してていいよ。俺はソフィアの傍にいるって」

「………ありがとう…」


そっと額に口づけられる。

その後、ラファエルの唇が耳へと移る。


「愛してるよユイカ。俺の唯一無二の宝物」


耳元で囁かれ、私はそっと目を閉じた。

一筋の涙が、頬を伝った。


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