第389話 よく考えたら無いかな
王宮内で刃物を振り回し……いや、振り回してはいないな。
私に向かって刃物を突きつけた男をアルバートに捕らえてもらい、連行してもらった後から王宮の雰囲気が少し変化した。
騒ぎを見ていた使用人達が拡散しているのか、私を見る度に視線を反らすのが何人か。
何か期待されている目を向けてくる人もいる。
………なんだこれ。
王宮の散歩、落ち着かないんですけど!?
視線を反らす人は何かやましいことでもあるのかしら!?
私にそんな姿見せないでくれる!?
自分は清廉潔白を好む女じゃないからね!?
全ての犯罪を暴いてやろうとか思ってないからね!?
あ……いや、王族だからそれじゃマズいんだろうけれど…
私は極力穏やかな日々を過ごしたいと思っているんですよ!
事件を呼んでそれを楽しんでるんじゃないからね!?
むしろ迷惑ですよ!?
民に迷惑かけない悪事なら、隠し通してくれ!
………って、それってどんな悪事だよ…
「………ソフィア様」
「何?」
「………いえ、なんでもないです」
オーフェスが口ごもるって何だ。
………あれか?
私はまた心の声を出していたのだろうか…
「………まぁ、誰も聞こえてない位置なので、よろしいのではないでしょうか…」
ホントにダダ漏れだったのか…
使用人に聞かれてたら危なかった…
………うん、言ってしまったことはどうしようもない。
「ねぇオーフェス」
「何ですか?」
「民に迷惑かけない悪事って何?」
「聞かないで下さい。ソフィア様がおっしゃったのでしょう」
「いや…自分で考えて、どういうのがラファエルと民に迷惑かけない悪事なのかなって」
こてんと首を傾げると、オーフェスの眉間にシワが寄った。
あ、これ迷惑と思っている顔だ。
最近オーフェスのポーカーフェイスが崩れてきてるんだよね。
原因は間違いなく私だろうけれど…
「………はぁ」
おい……主人の前で堂々とため息つくな。
「………それは勿論、貴族を除いた平民、ってことですよね?」
「当然でしょ? 平民が困ることをするのはいつも貴族位を持っていて、権力の意味を知らない人間だよ」
「………まぁ、他人の恋人に手を出したとかじゃないですか?」
「………」
「私をそんな汚物を見るような目で見ないで下さい」
おっと失礼。
クニクニと手で表情筋をマッサージする。
オーフェスが言うと、妙に説得力があって、ね。
「当事者だけが困るぐらいの悪事ってそれぐらいでは? あとは店の商品を独り占めして、他の者に行き渡らないとか」
「いや、それは大勢が困るでしょ」
「貴族同士の足の引っ張り合いにより、民が困るのは何処でも同じでしょう」
………って事はやっぱり民が困らない悪事なんて、ないのよね…
はぁっとため息をつきそうになって、慌てて飲み込む。
ここは部屋の外だった。
………大体、ラファエルが一斉に貴族を粛清しちゃったから、当然貴族位を剥奪された家の使用人も一気に王宮から出したのよね…
だから王宮内の雰囲気が悪い。
王宮にまだいる使用人は、特に私への反感は強いね。
仲良かった人もいるだろうし、親がそうでも子供もそうだとは限らないし。
けど、それならそもそも切られることはなかっただろうし、執念でまた戻ってくる人もいるだろうけれど。
ちゃんと、真面目に働いていればラファエルは見てくれている。
切られたって事は多少なりとも、ラファエルの許せない一線を越えていたのだろうし。
ラファエルと使用人、どちらの言い分を信じるかと聞かれたら、私は勿論、現時点ではラファエルを信じますよ。
「し、失礼致します! ソフィア様!」
「………」
急に近づいてくる侍女がいたのには気付いていたけれど、無視してたんだけどな。
絶対彼女の雰囲気的にトラブルだし。
20代前半、といった若い女だった。
「な、何故! ジュリアが王宮侍女をクビにならなければならなかったのですか!?」
いや、知らないし。
そもそもジュリアって誰。
そう突っぱねたかったけれど、彼女の泣きはらした目を見たら躊躇われた。
………まだ王女としてダメだね。
「カーラ!! 申し訳ございませんソフィア様!!」
彼女の先輩だろう侍女が来て、彼女の頭を押さえて一緒に頭を下げた。
「な、何をするんですか!?」
彼女がもがくけれども、先輩侍女の手はビクともせず、先輩侍女自身も微動だにしていない。
「静かになさい!! 仕えるべき方に、何という非常識なことを!!」
ビクッと彼女は怯え、大人しくなった。
大人しくなったけれども、先輩侍女はそれ以上言葉を発さず、私の判断を待っているようだった。
………彼女のことも言い訳も弁解もしない、か。
一瞬で私は悟る。
この侍女はデキる人だ。
「………彼女の知り合いが何故解雇になったのか、それはわたくしは聞かされておりませんのでお答えすることは出来ません。必要ならばラファエル様にお聞きしておきましょう」
「いえ、ソフィア様のお手を煩わせることではございません。この度は侍女が失礼しました」
私と先輩侍女の話が短い間に終わってしまい、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「話が終わったのであれば、ソフィア様は部屋にお戻りを」
「お前達もソフィア様のお時間をこれ以上奪うことは許されんぞ」
「はい、申し訳ございませんでした」
先輩侍女が彼女を半ば引きずるように去って行く。
姿が見えなくなって、そっと息を吐いた。
………これは暫く散歩は諦めた方が良いかもしれない。
オーフェスとジェラルドに連れられ、私は部屋へと戻ったのだった。




